三島由紀夫 (Mishima) · 春の雪 (Spring Snow)

Part II

§1

目を落すと、自分が指にはめているエメラルドの指環(ゆびわ)が見える。 それはジャオ・ピーがはめていた指環が、いつのまにか自分の指へ移ったものらしく、護門神ヤスカの怪奇な黄金の顔の一対が、石を囲んでいる意匠もあれとそっくりである。 自分は戸外の日の反映を受けているその濃緑のエメラルドの中に、白い斑(ふ)とも亀裂(きれつ)ともつかぬものが、霜柱(しもばしら)のようにきらめいているのを眺めているうちに、そこに小さな愛らしい女の顔が泛(うか)んでいるのに気づいた。 背後に立っている女の顔が映ったのかと思って振向いたが、誰も居ない。 エメラルドの中の小さな女の顔は、かすかに動いて、さっきはまじめに見えたのが、今度は明らかに微笑(びしょう)を湛(たた)えている。 自分は手の甲にたかった蠅(はえ)のむず痒(がゆ)さに、あわてて手を振ってから、もう一度指環の石を覗(のぞ)こうとした。 その時、女の顔はすでに消えていた。 それを誰とも確かめることができなかった言おうようない痛恨と悲しみのうちに、自分は目をさました。 ……清顕はこうして誌(しる)す夢の日記に、自己流の解釈を附加えることがたえてなかった。 喜ばしい夢は喜ばしい夢なりに、不吉な夢は不吉な夢なりに、能(あた)うかぎり詳(つまび)らな記憶を喚(よ)び起して、ありのままに描いた。 夢にさしたる意味も認めないでいて、夢そのものを重視する彼の考え方には、自分の存在に対する一種の不安がひそんでいたのかもしれない。 目ざめているときの彼の感情の定めなさに比べれば、夢のほうがはるかに確実で、感情のほうは「事実」であるかどうかの決め手がないのに、少くとも夢は「事実」であった。 そして感情には形がないのに、夢には形もあれば色もあった。 夢日記をつけるときの気持に、清顕は、必ずしも、思うにまかせぬ現実の不満を封じ込めているとは限らなかった。 このところ現実は、ずっと思うがままの形をとりはじめていた。 屈服した飯沼は清顕の腹心になり、たびたび蓼科(たてしな)と連絡をとっては、聡子(さとこ)と清顕の逢(おう)瀬(せ)を案配しようとしていた。 清顕はそんな腹心だけで充ち足りる自分の性格が、本当は友を必要としていないのではないかと考え、何とはなしに本多と疎遠(そえん)になった。 本多は心淋(さび)しく思ったけれども、自分が必要とされていないことに敏感な点を、友情の大切な部分と考えていたから、清顕と無為にすごす筈(はず)の時間をのこらず勉強に充(あ)てた。 英独仏語の法律書や文学哲学を読みあさり、別段内村鑑三の影を踏むことなしに、カーライルの「サータア・リザータス」に感心した。 ある雪の朝、清顕が学校へ行こうとしていると、飯沼があたりをうかがうようにして、清顕の書斎へ入ってきた。 この飯沼の新たな卑屈さは、彼の鬱然(うつぜん)とした顔つき体つきがたえず清顕に与えていた圧力を消してしまった。 飯沼は蓼科からかかってきた電話を告げた。 聡子が今朝の雪に打ち興じて、清顕と一緒に俥で雪見に行きたいから、清顕に学校を休んで迎えに来てくれないか、と言っているというのである。 こんなおどろくべき我儘な申出を、清顕は生れてから、まだ誰からも受けたことがなかった。 もう登校の仕度をして、片手に鞄を下げて、飯沼の顔を見ながら茫然と立っていた。

§2

「何ということを言って来たんだ。 本当に聡子さんがそんなことを思いついたのだろうか」「はい。 蓼科さんが言われることですから、間違いはありません」おかしなことに、そう断言するときの飯沼は多少の威を取り戻し、あたかも清顕がそれに抗らえば、道徳的な非難をにじませそうな目色をしていた。 清顕はちらと背後の庭の雪景色へ目をやった。 有無を言わせぬ聡子のやり方で、自分の矜りを傷つけられるよりも、もっと素速く、巧みなメス捌きで矜りの腫物を切り取られた涼しさがあった。 気づかぬほどの素速さで、こちらの意志を無視されることの、一種新鮮な快さ。 『僕はもう聡子の意のままになろうとしている』と考えながら、彼は、まだ積るほどではないが、中ノ島や紅葉山をまぶしかかっている雪の緻密な降り方を、一目で心に畳んだ。 「じゃ学校へはお前から電話をかけて、僕が今日風邪で欠席すると伝えてくれ。 決してお父さまやお母さまに知られぬように。 それから立場へ行って、信用のできる車夫を二人雇って、二人乗りの俥を二人挽きで用意させてくれ。 僕は立場まで歩いてゆく」「この雪の中をですか? 」飯沼は若い主人の頬が俄かに火照って、美しく紅潮して来るのを見た。 それが雪のふりしきる窓を背にして、影になっているだけに、影に紅いのにじんでくるさまが艶やかであった。 飯沼は自分が手塩にかけて育てた少年が、一向に英雄的な性格には育たなかったが、目的はともあれ、こうして瞳に火を宿して出発するさまを、満足して眺めている自分におどろいた。 かつては彼が蔑んでいた方向、今清顕が向ってゆく方向にも、遊惰のなかに、まだ見出されぬ大義がひそんでいるのかもしれなかった。 十二麻布の綾倉家は長屋門の左右に出格子の番所をそなえた武家屋敷であるが、人手の少ない家で、長屋には人の住んでいる気配がない。 屋根瓦の稜々は、雪に包まれているというよりは、雪をそっとその形なりに忠実に持ち上げているように見えた。 門のくぐりのところに傘をさして立っている蓼科らしい黒い姿が見えたのが、俥が近づくころには慌しく消え、俥を門前に止めて待っている清顕の目には、くぐりの枠の中に降る雪だけがしばらく見えていた。 やがて蓼科のすぼめた傘に守られて、紫の被布の袂を胸もとに合せた聡子が、うつむいて耳門を抜けて来た姿は、清顕には、何かその小さな囲いから嵩高な紫の荷を雪の中へ引き出してくるような、無理な、胸苦しいほど華美な感じがした。 聡子が俥へ上ってきたとき、それはたしかに蓼科や車夫に扶けられて、半ば身を浮かすようにして乗ってきたのにはちがいないが、幌を掲げて彼女を迎え入れた清顕は、雪の破片を衿元や髪にも留め、吹き込む雪と共に、白くつややかな顔の微笑を寄せてくる聡子を、平板な夢のなかから何かが身を起して、急に自分へ襲いかかってきたように感じた。 聡子の重みを不安定に受けとめた車の動揺が、そういう咄嗟の感じを強めたのかもしれない。 それはころがり込んで来た紫の堆積であり、たきしめた香の薫りもして、清顕には、自分の冷えきった頬のまわりに舞う雪が、俄かに薫りを放ったように思われた。 乗るときの勢いで、聡子の頬は清顕の頬のすぐ近くまで来すぎ、あわてて身を立て直した彼女の瞬間の頸筋の強ばりがよくわかった。 それが白い水鳥の首のしこりのようだった。 「何だって……何だって、急に?

§3

」と清顕は気押された声で言った。 「京都の親戚が危篤で、お父さんとお母さんが、ゆうべ夜行でお発ちになったの。 一人になって、どうしても清さまにお目にかかりたくなって、ゆうべ一晩中考えた末に、今朝の雪でしょう。 そうしたら、どうしても清様と二人で、この雪の中へ出て行きたくなって、生れてはじめて、こんな我儘を申しました。 ゆるして下さいましね」と、いつに似げなく、稚い口調で、息を弾ませて言う。 俥はすでに引く車夫と押す車夫との懸声につれて動いていた。 幌の小さな覗き窓からは、黄ばんだ雪の耕が見えるだけで、車の中には薄い闇がたえず揺いでいた。 二人の膝を清顕の持ってきた濃緑の格子縞の、スコットランド製の膝掛が覆っていた。 二人がこんなに身を寄せ合っていることは、幼年時代の忘れられた思い出を除いてははじめてだったが、清顕の目には、灰色の微光に充ちた幌の隙間が、ひろがったり窄まったりしながら、たえず雪を誘い入れ、その雪が緑の膝掛にとまって水滴を結ぶありさまや、あたかも大きな芭蕉の葉かげにいてきく雪の音のように、幌に当る雪が大袈裟にひびくことに、ひたすら気をとられていた。 行先を尋ねた車夫に、「どこでもいい。 どこへでも行ける限りやってくれ」と答えた清顕は、聡子も同じ気持なのを知った。 そして梶が上ると共にややのけぞったままの姿勢を固くして、二人ともまだ手を握り合ってさえいなかった。 しかし膝掛の下では、避けがたく触れ合う膝頭が、雪の下の一点の火のようなひらめきを送ってよこした。 清顕の脳裡には又しつこい疑問がさわいでいた。 『聡子はたしかにあの手紙を読まなかったのだろうか? 蓼科があれほど断言したからには、まちがいはあるまい。 すると聡子は僕を、まだ女を知らない男として驚いているのだろうか? 僕はどうやってこの屈辱に耐えたらよいのだ。 あれほど聡子の目に触れないことを祈ったのに、今では目に触れていたほうがよかったような気がする。 そうすれば、こんな雪の朝の狂おしいあいびきは、明らかに、女を知った男に対する、女の真摯な挑発を意味するからだ。 それならば僕にも仕様がある。 ……しかし、それにしても、僕がまだ女を知らないという事実は、覆うようがないではないか……』黒い小さな四角い闇の動揺は、彼の考えをあちこちへ飛び散らせ、聡子から目をそむけていようにも、明り窓の小さな黄ばんだセルロイドを占める雪のほかには、目の向けどころがなかった。 彼はとうとう手を膝掛の下へ入れた。 そこでは、温かい巣の中で待っていた狡さをこめて、聡子の手が待っていた。 一つの雪片がとびこんで清顕の眉に宿った。

§4

聡子がそれを認めて「あら」と言ったとき、聡子へ思わず顔を向けた清顕は、自分の瞼に伝わる冷たさに気づいた。 聡子が急に目を閉じた。 清顕はその目を閉じた顔に直面した。 京紅の唇だけが暗い照りを示して、顔は、丁度爪先で弾いた花が揺れるように、輪郭を乱して揺れていた。 清顕の胸ははげしい動悸を打った。 制服の高い襟の、首をしめつけているカラーの束縛をありありと感じた。 聡子のその静かな、目を閉じた白い顔ほど、難解なものはなかった。 膝掛の下で握っていた聡子の指に、こころもち、かすかな力が加わった。 それを合図と感じたら、又清顕は傷つけられたにちがいないが、その軽い力に誘われて、清顕は自然に唇を、聡子の唇の上へ載せることができた。 俥の動揺が、次の瞬間に、合わさった唇を引き離そうとした。 そこで自然に、彼の唇は、その接した唇のところを要にして、すべての動揺に抗らおうという身構えになった。 接した唇の要のまわりに、非常に大きな、匂いやかな、見えない扇が徐々にひらかれるのを清顕は感じた。 そのとき清顕はたしかに忘我を知ったが、さりとて自分の美しさを忘れていたわけではない。 自分の美しさと聡子の美しさが、公平に等しなみに眺められる地点からは、きっとこのとき、お互いの美が水銀のように融け合うのが見られたにちがいない。 拒むような、いらいらした、とげとげしたものは、あれは美とは関係のない性質であり、孤独した個体という盲信は、肉体にではなくて、精神にだけ宿りがちな病気だとさとるのであった。 清顕の中の不安がのこりなく拭われて、はっきりと幸福の所在が確かめられると、接吻はますますきつい決断の調子に変って行った。 それにつれて聡子の唇はいよいよ柔らいだ。 清顕はその温かい蜜のような口腔の中へ、全身が融かし込まれるような怖ろしさから、何か形あるものに指を触れたくなった。 膝掛から抜いた手で、女の肩を抱き、顎を支えた。 そのとき女の顎にこもる繊細なもろい骨の感じが彼の指に触れ、ふたたび別な肉体の、はっきりと自分の外にある個体のすがたが確かめられたが、今度はそれが、却って唇の融和を高めるのであった。 聡子は涙を流していた。 清顕の頬にまで、それが伝わったことで、それと知られた。 清顕は矜りを感じた。 しかし彼のその矜りには、かつての人に施すような恩恵的な満足はみじんもなく、聡子のすべてにも、あの批評的な年上らしい調子はなくなっていた。 清顕は自分の指さきが触れる彼女の耳朶や、胸もとや、ひとつひとつ新たに触れる柔らかさに感動した。

§5

これが愛撫なのだ、と彼は学んだ。 ともすれば飛び去ろうとする靄のような官能を、形あるものに託してつなぎとめること。 そして彼は今や、自分の喜びしか考えていなかった。 それが彼のできる最上の自己放棄だった。 接吻がおわる時。 それは不本意な目ざめに似て、まだ眠いのに、瞼の薄い皮を透かして来る瑠璃のような朝日に抗しかねている、あの物憂い名残惜しさに充ちていた。 あのときこそ眠りの美味が絶頂に達するのだ。 さて唇が離れてみると、今まで美しく囀っていた鳥が急に黙ったような、不吉な静けさがあとにのこった。 二人はお互いの顔を見られなくなって、じっとしていた。 しかしこの沈黙は、俥の動揺のおかげで大いに救われた。 何かほかのことに忙しくしているという感じで。 清顕は目を落した。 緑の草叢から危険を察知してあたりを窺う白鼠のように、女の白い足袋の爪先が、膝掛の下から小さくおずおずとのぞいていた。 そしてその爪先にはほのかに雪がかかっていた。 清顕は自分の頬がひどく熱いので、子供らしく、聡子の頬にも手をあててみて、同じように熱いのに満足した。 そこにだけ夏があった。 「幌をあけるよ」聡子はうなずいた。 清顕は大きく腕をひろげて、前面の幌を外した。 目の前の四角い、雪に充たされた断面が、倒れかかる白い襖のように、音もなく崩れてきた。 車夫が気配を察して立止った。 「そうじゃないんだ。 行け! 」と清顕は叫んだ。 晴朗な若々しいその叫びを背後から受けて、車夫は再び腰を浮かせた。 「行け!

§6

どんどん行ってくれ」俥は車夫の懸声と共に辷り出した。 「人に見られるわ」と俥(くるま)の底に潤んだ目をひそめて聡子は言った。 「構やしないさ」わが声にこもる果断な響きに清顕はおどろいていた。 彼にはわかっていた。 彼は世界に直面したかったのだ。 見上げる空は雪のせめぎ合う淵(ふち)のようだった。 二人の顔へ雪はじかに当り、口をひらけば口のなかへまで吹き込んだ。 こうして雪に埋もれてしまったら、どんなにいいだろう。 「今、雪がここへ……」と聡子は夢見心地の声で言った。 雪が咽喉(のどもと)元から胸乳(むなち)へ滴(したた)ったのを言おうとしたらしい。 しかし雪のふり方はみじんも乱れず、そのふり方に式典風の荘厳があって、清顕は頬が冷えると共に、次第に心の褪(さ)めてゆくのを感じた。 あたかも俥(くるま)は、邸の多い霞町(かすみちょう)の坂の上の、一つの崖(がけ)ぞいの空地から、麻布三聯隊(れんたい)の営庭を見渡すところへかかっていた。 いちめんの白い営庭には兵隊の姿もなかったが、突然、清顕はそこに、例の日露戦役写真集の、得利寺(とくりじ)附近の戦死者の弔祭の幻を見た。 数千の兵士がそこに群がり、白木の墓標と白布をひるがえした祭壇を遠巻きにしてうなだれている。 あの写真とはちがって、兵士の肩にはことごとく雪が積み、軍帽の庇(ひさし)はことごとく白く染められている。 それは実は、みんな死んだ兵士たちなのだ、と幻を見た瞬間に清顕は思った。 あそこに群がった数千の兵士は、ただ戦友の弔祭のために集ったのではなくて、自分たち自身を弔うためにうなだれているのだ。 ……幻はたちまち消え、移る景色は、高い塀のうちに、大松(おおまつ)の雪吊(ゆきづ)りの新しい縄の鮮やかな麦色に雪が危うく懸っているさま、ひたと締めた総二階の磨硝子(すりガラス)の窓がほのかに昼の灯火をにじませているさま、などを次々と雪ごしに示した。 「締めて」と聡子が言った。 幌(ほろ)の帷(とばり)を下ろすと、なじみのある薄い闇が戻った。 しかし前の陶酔は戻って来なかった。 『僕の接吻はどう受けとられたろうか? 』と清顕は、又、お手のものの疑惑にとらわれだした。 『あまり夢中で、ひとりよがりで、子供っぽく、みっともなく思われたのじゃないだろうか? たしかにあのとき、僕は自分の喜びしか考えていなかった』そのとき、「もう帰りましょうか」と言った聡子の言葉は、たしかに平仄(ひょうそく)が合いすぎていた。

§7

『又自分勝手に引きずろうとしている』と清顕は思いながらも、咄嗟に異を唱える機会を逸してしまった。 帰らないと云えば、骰子は清顕に預けられたことになる。 その持ち馴れぬ重たい骰子、手に触れるだけで指尖も氷りそうな象牙の骰子は、まだ彼のものではなかった。 十三清顕が家へかえって、寒気がするから早退けをしたと言い繕ろい、母が清顕の部屋へ見舞に来、むりやりに熱を計らされ、大仰な騒ぎになりかけたときに、本多から電話がかかったと飯沼が告げた。 母が代りに出ようというのを、清顕は引止めるのに骨を折った。 そしてどうしても自分で電話口へ出るという清顕の背は、うしろからカシミヤの毛布で包まれた。 本多は学校の教務課の電話を借りて掛けていた。 清顕の声は不機嫌を極めた。 「一寸事情があって、今日は一旦学校へ出て早退けしたことになっているんだ。 朝から学校へ出ていないことは家には内緒だよ。 風邪? 」と清顕は、電話室の硝子戸を気にしながら、暗いこもった声でつづけた。 「風邪は大したことはないんだ。 明日は学校へ行けるから、そのとき訳は話す。 ……大体、一日休んだくらいで、心配して電話をかけてよこすことはないよ。 大袈裟だなあ」本多は電話を切ると、自分の厚意が手ひどい報いを受けたので、胸さわぎのするほどの怒りを感じた。 こうした怒りは、かつて清顕に対して彼が感じたことのないものだった。 清顕の冷たい不機嫌な声そのものよりも、その無礼な応待そのものよりも、彼の声に、不本意にも友達に一つ秘密を預けなければならなくなった遺憾の溢れていたことが、本多を傷つけたのである。 彼は今まで一度だって、秘密を預けることを清顕に強いたおぼえはなかった。 やや冷静に返ると、『たった一日休んだからって、見舞の電話をかける俺も俺じゃないか』と本多は反省した。 しかしこの性急な見舞は、ただ友情のこまやかさから出たものとは云えなかった。 彼は云いしれぬ不吉な思いにかられて、休み時間に教務課の電話を借りに、雪の校庭を駈けて行ったのだった。 朝から清顕の机が空になっている。 それがいかにも、かねて怖れていたことが現前したような怖れを本多に与えた。 清顕の机は窓ぎわだったから、窓の雪明りは、その古い傷だらけの机をおおう塗りたてのニスにまともに映って、机はあたかも白布におおわれた坐棺のように見えた。

§8

……家へかえってのちも、本多の心は鬱していた。 そこへ飯沼から電話がかかり、清顕がさっきのことを詫びたがっており、今夜俥を差向けるから来てもらえないか、という申出があった。 飯沼の重い一本調子の声が本多をなおのこと不快にした。 彼は一言の下に断って、学校へ出られるようになったら、そのときゆっくり話をきけばよい、と言った。 飯沼からこの返事をきいた清顕は、本当の病気になったように思い悩んだ。 そして、夜ふけて、用もないのに飯沼を部屋へ呼び、こう言った言葉が飯沼をおどろかせた。 「みんな聡子さんがいけないんだ。 女が男の友情をこわすというのは本当だね。 聡子さんが朝あんな我儘を言って来なければ、本多をそんなに怒らすこともなかったんだ」夜のうちに雪は止み、あくる朝は快晴になった。 清顕は家人が止めるのを振切って学校へ出た。 本多より早く登校して、朝の挨拶をこちらからしようと思ったのである。 しかし一夜が明けて、この輝やかしい朝に接すると、清顕の心の底に抑え切れない幸福が蘇って、彼を又別の人間にしてしまった。 本多が入って来たとき、清顕の向けた微笑に、彼が何事もなかったような恬淡な微笑で答えると、それまでのきのうの朝の出来事をすっかり打明けようと思っていた清顕は心がわりをした。 本多は微笑で答えはしたが、それ以上口をきこうとはせず、自分の机に鞄をしまうと、窓ぎわへ寄って雪晴れの景色を眺め、腕時計をちらと見て、まだ始業まで三十分あまりもあるのを確かめたのであろう、そのまま背を向けて教室を出て行った。 清顕は自然にこれに従った。 木造二階建の高等科教室のかたわらには、東屋を中心にした小さな幾何学的配置の花壇があり、花壇の外れは崖になって、血洗いの池という名の沼を囲む叢林へ下りる径がついていた。 清顕は本多が血洗いの池へ下りてゆくことはあるまいと思った。 雪が融けかけたその下りの小径は、歩くのに難儀な筈だ。 果して本多は東屋のところで立止り、そこの腰掛へ降り込んだ雪を払って掛けた。 清顕は雪に包まれた花圃の間を歩いて、そこへ近づいた。 「何でつけてくるんだ」と本多は眩しげに目を細めてこちらを見た。 「きのうは僕が悪かった」と清顕はすらすらと詫びを言った。 「いいんだよ。 仮病だったんだろう? 」「ああ」清顕は本多のかたわらへ、同じように雪を払って掛けた。

§9

ひどく眩しげに相手を眺めることが、感情の表てに鍍金をかけて、気まずさをたちどころに消し去るのに役立った。 立っているときには、雪の梢の間に見えた沼が、東屋に坐ると見えなくなった。 そして校舎の軒からも、東屋の屋根からも、まわりの木々からも、一せいに明るくしたたる雪解雫の音があった。 まわりの花圃を不規則な凹凸でおおう雪は、すでに表面が凍って陥没して、花崗岩の粗い切断面のような、緻密な光りを反射していた。 本多は清顕が何か心の秘密を打明けるにちがいないと考えたが、それを待っている自分を認めることはできなかった。 半ばは清顕が何も言わないでくれることを望んでいた。 友が恩恵でも施すように、秘密を施してくれることは耐えがたかった。 そこで思わず自分から口を切って、わざと迂遠な話をした。 「俺はこの間うちから、個性ということを考えていたんだよ。 俺は少くとも、この時代、この社会、この学校のなかで、自分一人はちがった人間だと考えているし、又、そう考えたいんだ。 貴様もそうだろう」「それはそうさ」と清顕は、そんなときに一そう彼独特の甘さが漂う、不本意な、気のない声で答えた。 「しかし、百年たったらどうなんだ。 われわれは否応なしに、一つの時代思潮の中へ組み込まれて、眺められる他はないだろう。 美術史の各時代の様式のちがいが、それを情容赦なく証明している。 一つの時代の様式の中に住んでいるとき、誰もその様式をとおしてでなくては物を見ることができないんだ」「でも今の時代に様式があるだろうか」「明治の様式が死にかけているだけだ、と言いたいんだろう。 しかし、様式のなかに住んでいる人間には、その様式が決して目に見えないんだ。 だから俺たちも何かの様式に包み込まれているにちがいないんだよ。 金魚が金魚鉢の中に住んでいることを自分でも知らないように。 貴様は感情の世界だけに生きている。 人から見れば変っているし、貴様自身も自分の個性に忠実に生きていると思っているだろう。 しかし貴様の個性を証明するものは何もない。 同時代人の証言はひとつもあてにならない。 もしかすると貴様の感情の世界そのものが、時代の様式の一番純粋な形をあらわしているのかもしれないんだ。 ……でも、それを証明するものも亦一つもない」「じゃ何が証明するんだ」「時だ。 時だけだよ。

§10

時の経過が、貴様や俺を概括し、自分たちは気づかずにいる時代の共通性を残酷に引っぱり出し、……そうして俺たちを、『大正初年の青年たちは、こんな風な考え方をした。 こんな着物を着ていた。 こんな話し方をした』という風に、一緒くたにしてしまうんだ。 貴様は剣道部の連中がきらいだろう? あんな連中を軽蔑したい気持でいっぱいだろう? 」「ああ」と清顕は、次第にズボンをとおしてしみ入ってくる冷たさに、居心地のわるい思いをしながら、東屋の欄のすぐ傍らで、あたかも雪の辷り落ちたあとの椿の葉が、あでやかに光り輝くのに目をとめた。 「ああ、僕はああいう連中が大きらいだ。 軽蔑している」本多は清顕のこんな気のない応待には今さらおどろかなかった。 そして言葉をつづけた。 「それなら何十年先に、貴様が貴様の一等軽蔑する連中と一緒くたに扱われるところを想像してごらん。 あんな連中の粗雑な頭や、感傷的な魂や、文弱という言葉で人を罵るせまい心や、下級生の制裁や、乃木将軍へのきちがいじみた崇拝や、毎朝明治天皇の御手植の松のまわりを掃除することにえもいわれぬ喜びを感じる神経や、……ああいうものと貴様の感情生活とが、大ざっぱに引っくるめて扱われるんだ。 そしてその上で、今俺たちの生きている時代の、総括的な真実がやすやすとつかまえられる。 今はかきまわされている水が治まって、忽ち水の面に油の虹がはっきりと浮んでくるように。 そうだ、俺たちの時代の真実が、死んだあとで、たやすく分離されて、誰の目にもはっきりわかるようになる。 そうしてその『真実』というやつは、百年後には、まるきりまちがった考えだということがわかって来、俺たちはある時代のあるまちがった考えの人々として総括されるんだよ」そういう概観には、何が基準にされると思う? その時代の天才の考えかね? 偉人の考えかね? ちがうよ。 その時代をあとから定義するものの基準は、われわれと剣道部の連中との無意識な共通性、つまりわれわれのもっとも通俗的一般的な信仰なんだ。 時代というものは、いつでも一つの愚神信仰の下に総括されるんだよ」清顕には本多が何を言おうとしているのかわからなかった。 しかし聴くうちに、少しずつ彼の心の中にも、一つの思考の芽が動いてきた。 教室の二階の窓には、すでに数人の学生の頭が見える。 他の教室の締めた窓の硝子はまぶしく朝日を反射し、空の青を映していた。 朝の学校。 清顕はきのうの雪の朝と引きくらべ、自分があのような官能の暗い動揺から、今はこと、明るい白い理性の庭に、心ならずも引き据えられているのを感じた。

§11

「それが歴史なんだね」と彼は、議論となると本多に比して、はるかに稚ない口調になる自分を口惜しく思いながら、本多の思考へ分け入ろうとしていた。 「それじゃ僕らが、何を考え、何を願い、何を感じていても、歴史はそれによってちっとも動かされないと云うんだね」「そうだよ。 ナポレオンの意志が歴史を動かしたという風に、すぐ西洋人は考えたがる。 貴様のおじいさんたちの意志が、明治維新をつくり出したという風に。 しかし果してそうだろうか? 歴史は一度でも人間の意志どおりに動いたろうか? 貴様を見ていて、いつも俺はそんな風に考えてしまうんだ。 貴様は偉人でもなければ天才でもないだろう。 でもすごい特色がある。 貴様には意志というものが、まるっきり欠けているんだ。 そしてそういう貴様と歴史との関係を考えると、俺はいつでも一通りでない興味を感じるんだよ」「それは皮肉かい」「いや、皮肉じゃない。 俺は全くの無意志的な歴史関与ということを考えているんだ。 たとえば俺が意志を持っているとする……」「たしかに持っているよ」「それも歴史を変えようとする意志を持っているとする。 俺の一生をかけて、全精力全財産を費して、自分の意志どおりに歴史をねじ曲げようと努力する。 又、そうできるだけの地位や権力を得ようとし、それを手に入れたとする。 それでも歴史は思うままの枝ぶりになってくれるとは限らないんだ。 百年、二百年、あるいは三百年後に、急に歴史は、俺とは全く関係なく、正に俺の夢、理想、意志どおりの姿をとるかもしれない。 正に百年前、二百年前、俺が夢みたとおりの形をとるかもしれない。 俺の目が美しいと思うかぎりの美しさで、微笑んで、冷然と俺を見下ろし、俺の意志を嘲るかのように。 それが歴史というものだ、と人は言うだろう」「潮時だというだけのことじゃないか。 やっとそのとき機が熟したというだけのことじゃないか。 百年と云わず、三十年や五十年でも、そういうことは往々にして起る。 それに歴史がそういう形をとるときには、貴様の意志も一度死んで、それから見えない潜んだ糸になって、その成就を援けていたのかもしれない。 もし貴様が一度もこの世に生を享けていなかったら、何万年待っても歴史はそんな形をとらなかったかもしれない」清顕は何か親しみのない抽象語の冷たい森の中で自分の体がほのかに熱してくるのが感じられるこんな昂奮を、本多のおかげで知ったのだった。 それはあくまで彼にとっては不本意な愉しみだったが、雪の花圃へ長々と落ちている枯木の影や、この明るい水のしたたりの音に充ちた白い領域を見渡すと、彼は本多が、清顕の昨日の記憶の熱いなまめいた幸福感を、直観しながらはっきりと無視してくれる、その雪の白さに似た裁断をうれしく思った。

§12

校舎の屋根から畳一帖ほどの雪がこのとき雪崩れ落ちて、屋根瓦のみずみずしい黒があらわれた。 「そしてそのとき」と本多は言葉をつづけた。 「百年後に俺の思うままの形を歴史がとったとして、貴様はそれを何かの『成就』と呼ぶかい? 」「それは成就にはちがいないだろう」「では誰の? 」「貴様の意志の」「冗談じゃない。 俺はそのときはもう死んでいる。 さっきも言ったろう。 それは俺とはもう全く関係なしにできたことだ」「それなら歴史の意志の成就だと思えないかい? 」「歴史に意志があるかね。 歴史の擬人化はいつも危険だよ。 俺が思うには、歴史には意志がなく、俺の意志とは又全く関係がない。 だから何の意志からも生れ出たわけではないそういう結果は、決して『成就』とは言えないんだ。 それが証拠に、歴史のみせかけの成就は、次の瞬間からもう崩壊しはじめる。 歴史はいつも崩壊する。 又次の徒な結晶を準備するために。 歴史の形成と崩壊とは同じ意味をしか持たないかのようだ。 俺にはそんなことはよくわかっている。 わかっているけれど、俺は貴様とはちがって、意志の人間であることをやめられないんだ。 意志と云ったって、それはあるいは俺の強いられた性格の一部かもしれない。 確としたことは誰にも言えない。 しかし人間の意志が、本質的に『歴史に関わろうとする意志』だということは云えそうだ。 俺はそれが『歴史に関わる意志』だと云っているのではない。 意志が歴史に関わるということは、ほとんど不可能だし、ただ『関わろうとする』だけなんだ。 それが又、あらゆる意志にそなわる宿命なのだ。 意志はもちろん、一切の宿命をみとめようとはしないけれども。

§13

しかし、永い目で見れば、あらゆる人間の意志は挫折する。 思うとおりには行かないのが人間の常だ。 そういうとき、西洋人はどう考えるか? 『俺の意志は意志であり、失敗は偶然だ』と考える。 偶然とはあらゆる因果律の排除であり、自由意志がみとめることのできる唯一つの非合目的性なのだ。 だからね、西洋の意志哲学は『偶然』をみとめずしては成立しない。 偶然とは意志の挫折と失敗を説明するしかできない。 その偶然、それなくしては西洋人は、意志の再々の挫折と失敗を説明することができない。 その偶然、その賭けこそが、西洋の神の本質なんだと俺は思うな。 意志哲学の最後の逃げ場が偶然としての神ならば、同時にそのような神だけが、人間の意志を鼓舞するようにできている。 しかしもし、偶然というものが一切否定されたとしたらどうだろう。 どんな勝利やどんな失敗にも、偶然の働く余地が一切なかったと考えられるとしたらどうだろう。 そうしたら、あらゆる自由意志の逃げ場はなくなってしまう。 偶然の存在しないところでは、意志は自分の体を支えて立っている支柱をなくしてしまう。 こんな場面を考えてみたらいい。 そこは白昼の広場で、意志は一人で立っている。 彼は自分一人の力で立っているかのように装っているし、また自分自身そんな風に錯覚している。 日はふりそそぎ、木も草もなく、その巨大な広場に、彼が持っているのは彼自身の影だけだ。 そのとき雲一つない空のどこかから轟くような声がする。 『偶然は死んだ。 偶然というものはないのだ。 意志よ、これからお前は永久に自己弁護を失うだろう』その声をきくと同時に、意志の体が頽れはじめ融けはじめる。 肉が腐れて落ち、みるみる骨が露わになり、透明な漿液が流れ出して、その骨さえ柔かく融けはじめる。 意志はしっかと両足で大地を踏みしめているけれど、そんな努力は何にもならないのだ。 白光に充たされた空が、怖ろしい音を立てて裂け、必然の神がその裂け目から顔をのぞけるのは、正にこの時なんだ。

§14

……――俺はどうしてもそんな風に、必然の神の顔を、見るも怖ろしい、忌わしいものにしか思い描くことができない。 それはきっと俺の意志的性格の弱味なんだ。 しかし偶然が一つもないとすれば、意志も無意味になり、歴史は因果律の大きな隠見する鎖に生えた鉄錆にすぎなくなり、歴史に関与するものは、ただ一つ、輝かしい、永遠不変の、美しい粒子のような無意志の作用になり、人間存在の意味はそこにしかなくなる筈だ。 貴様がそれを知っている筈がない。 貴様がそんな哲学を信じている筈がない。 おそらく貴様は自分の美貌と、変りやすい感情と、個性と、性格というよりはむしろ無性格とを、ぼんやりと信じているだけなんだ。 そうだろう? 」清顕は返事をしかねたが、侮辱されているとはさらさら思わなかった。 そして仕方なしに微笑した。 「それが俺にはいちばんの謎なんだ」と本多はほとんど滑稽にみえる真摯な嘆息を洩らしたが、その嘆息が旭のうちに白い息になって漂うのを、清顕は自分に対する友の関心の幽かな形をとったあらわれのように眺めた。 心ひそかに彼は自分の中の幸福感を強めていた。 そのとき始業の鐘が鳴り、二人の青年は立上った。 二階の窓から、窓辺に積る雪を固めた雪礫が、二人の足もとに投げつけられて、きらめく飛沫を上げた。 十四清顕は父から書庫の鍵を預けられていた。 母屋の北向きの一角にあるこの一間は、松枝家でもっとも人に顧みられない部屋だった。 父侯爵は一切本などを読まない人だったが、祖父から受け継いだ漢籍と、彼が知的虚栄心から丸善に注文して蒐めた洋書と、多くの寄贈書がそこに納められ、清顕が高等科に入ったときに、彼はあたかも知識の宝庫を息子に譲り渡すように、勿体をつけてその鍵を預けた。 清顕だけはいつでもそこへ出入が自由になった。 そこには又、父に似つかわしからぬ多くの古典文学叢書や子供向きの全集もあった。 そういう出版に当っては、大礼服姿の父の写真と短い推薦文が求められ、松枝侯爵御推薦などという金文字と引換えに、叢書の全巻が贈られるのであった。 清顕も、しかしその書庫のよい使い手ではなかった。 本を読むことよりも夢想することを好んだからである。 月に一回、清顕から鍵を借りて、そこの掃除を受け持っている飯沼にとっては、先代の遺愛の漢籍もゆたかなだけに、この邸うちでもっとも神聖な部屋になっていた。 彼は書庫を「御文庫」と呼び、その名を口にするだけでも、畏敬の念をそこにこめた。 清顕は本多との和解ができた晩、夜学へ出かける間際の飯沼を部屋へ呼んで、黙ってこの鍵を渡した。 月々の掃除の日は決っていたし、それも昼間であるべきなのに、時ならぬ日の夜になって渡された鍵を、飯沼は訝かしげに見た。

§15

彼の素朴な厚い掌に、鍵は羽根をちぎられた蜻蛉のように動くとまっていた。 ――飯沼はこの瞬間をのちのちまでも、何度も記憶の中から呼びおこした。 あの鍵は何と裸で、羽根をむしられて、残酷な姿を自分の掌に横たえていたことか! 彼は永いことその意味を考えていた。 わからなかった。 ようやく清顕が説明したとき、彼の胸は怒りに慄えた。 清顕に対する怒りよりも、むしろなるがままになる自分自身に対する怒りに。 「きのうの朝はお前が僕のずる休みを助けてくれた。 今日は僕がお前のずる休みを助ける番だ。 夜学へ行くふりをして、一旦家を出なさい。 そして裏へ廻って、書庫の横の木戸から家へ入って、この鍵で書庫をあけて、中で待っていればいい。 でも、決して灯火をつけてはだめだよ。 鍵は内側から締めておいたほうが安全だ。 みねには蓼科からよく合図を教えてある。 蓼科からみねへ電話をかけて、『聡子様の御殿はいつ出来るか』とたずねるのが合図なのだ。 みねはあのとおり、袋物や何かの細工物のうまい女だから、みんながみねに細工をたのむし、聡子さんからも金襴の香袋をたのんであることになっていて、そういう催促の電話はすこしも不自然ではない。 みねはそんな電話をうけると、お前が夜学へ出たころを見計らって、書庫の戸を軽く叩いて、お前に逢いにゆく手筈になっている。 夕食後のざわざわした時間だし、みねが三、四十分のあいだいなくなっても誰も気がつくまい。 蓼科は、お前とみねのあいびきには、家の外を使うのは、却って危険だし、むつかしいという意見だった。 女中の外出は、いろいろな口実を構えなければならないから、却って怪しまれる。 それはそうと、お前に相談する前に僕が勝手にやったことだが、みねはもう今夜、蓼科の合図の電話を受けているんだ。 お前はぜひとも書庫へ行かなければならない。 そうしないと、みねに大へん気の毒なことになる」そこまできたとき、追いつめられた飯沼は、危うくその慄える手の中から鍵を落さんばかりになった。 ……書庫の中はひどく寒い。 窓には金巾の帷がかけてあるだけなので、裏庭の外灯のあかりが微かに届くが、書名を読み分けられるほどの明るさもない。

§16

黴の匂いがたちこめていて、澱んだ冬の溝川のほとりにうずくまっているかのようである。 しかし飯沼はどの棚にどの本があるかを大方諳んじている。 先代が綴じ込みの切れるほどよく読んだ和綴の四書講義は、悉く失われているが、韓非子や樗散遺言や十八史略もそこに並び、彼がかつて掃除の折、ふためくった頁に賀陽豊年の「高士吟」があった。 活版本の和漢名詩選のありかもわかっていた。 その「高士吟」が掃除中の彼の心を慰めたのは、次のような詩句のためであった。 一室何ぞ掃うに堪えん。 九州豈歩するに足らんや。 言を寄す燕雀の徒。 寧ぞ知らん鴻鵠の路を」彼にはわかっていた。 清顕が彼の「御文庫」崇拝を知っていて、ことさらここを逢引の場所にしつらえたこと。 ……そうだ。 さっきこの親切な計らいを述べ立てた清顕の口調には、すぐそれと知られる冷たい酔いがあった。 飯沼がわれとわが手で神聖な場所を汚すことになる成行を清顕は望んだのだ。 思えば、美しい少年時代から、清顕がつねに無言で飯沼を脅やかしてきたのはこの力だった。 冒瀆の快楽。 一等飯沼が大切にしているものを飯沼自身が潰さねばならぬときの、白い幣に生肉の一片をまとわりつかせるようなその快楽。 むかし素盞鳴尊が好んで犯したような快楽。 ……飯沼が屈服してから、清顕のこの力は無限に強くなったが、なお彼に解しがたいのは、清顕の快楽がすべて世にも美しく清らかに見えるのに、飯沼の快楽には、ますます汚れた罪の重味が増すように思われることであった。 そう思うことが、いよいよ彼の目にわが身を卑しく見せた。 書庫の天井を慌しく鼠の走る音がして、抑えたような鳴音が洩れた。 鼠除けの栗のいがを、先月の掃除の折にもたくさん天井へ入れたのに、何の利目もなかった。 ……ふと飯沼は、もっとも思い出したくないことを思い出して身を慄わせた。 みねの顔を見るたびに、払っても払ってもその汚点のような幻が目先をかすめる。 今にもここへ、みねの熱い体が闇の中を近づいてくるという時になって、必ずその思念が立ちふさがるのだ。 おそらく清顕も知っているだろうが口に出しては言わないことを、飯沼も以前から知っていながら、決して清顕には語らなかった。

§17

邸うちで、本当の峻厳な秘密ではないだけに、ますます彼にとっては耐えがたく思われる秘密。 彼の脳裡をいつも汚れた鼠の一群のように駆けまわる苦悩。 ……みねには侯爵のお手がついていた。 そして今も時折……。 彼は鼠たちの血走った目と、かれらの圧倒的なみじめさを想像した。 ひどく寒かった。 朝のお宮様の参詣には、あれほど胸を張ってゆけるのに、今寒さは彼の背後から忍び寄り、膏薬のように肌に貼りついて、彼の身を慄わせた。 みねはさりげなく座を外す折を狙って手間取っているにちがいない。 待つうちに、飯沼は切迫する欲望に胸を突き上げられ、さまざまな忌わしい考えと寒さとみじめさと黴の匂いと、そのすべてに心を昂ぶらせた。 それらのものが溝川の芥(あくた)のように、彼の小倉の袴(はかま)を犯してゆっくりと流れてゆくように感じられた。 『これが俺の快楽なのだ! 』と彼は考えた。 二十四歳の男が、どんな誉れにも輝やかしい行動にもふさわしい年齢の男が……。 戸が軽く叩かれたので、彼は急に立上って、本棚にひどく体をぶつけた。 戸の鍵をあける。 みねが身を斜めにして滑り入る。 飯沼はうしろ手に鍵をしめると、みねの肩先をつかんで書庫の奥へ乱暴に押して行った。 どうしたことかそのとき、飯沼の脳裡には、さきほど書庫の裏手から廻ってきた折、書庫の外側の腰板に掻き寄せられていた汚れた残雪の色が浮かんでいた。 そしてみねを、何故かしら、丁度その雪と壁で接した片隅で犯したいと思ったのである。 飯沼は幻想によって残酷になり、しかも片方にみねへの憐(あわ)れみが深まりながら、ますます酷い扱いをすることが、清顕へ仕返しをするような気持をひそめているのに気がつくと、例え方なくみじめになった。 声は立てられず、時は短いので、みねはなすままに委(まか)せていたが、この素直な屈服に、飯沼は自分と同類の者のやさしい行き届いた理解を感じて、心を傷つけられた。 しかしみねのやさしさは、あながちそこから来るのではなかった。 どちらかというと、みねは屈託(くったく)な朗らかな娘だった。 飯沼の寡黙(かもく)の空怖ろしさが、彼のあわただしい硬(こわ)ばった指先が、みねにはすべて不器用な誠実と感じられるだけだった。 憐(あわ)れまれていようとは、夢にも思っていなかった。

§18

顚(ひるが)えされた裾の下に、みねは急に闇の冷たい刃金が触れてきたような寒さを味わった。 彼女の目は鈍い金字の背革や重ねられた帙(ちつ)のひしめく本棚が、四方から自分にのしかかってくるようなさまを、薄闇の中に見上げた。 急がなくてはならぬ。 何か彼女にわからぬところで周到に用意された、この細い時間の隙間(すきま)に、いそいで身をひそめなくてはならぬ。 どんなに居心地がわるかろうと、みねは自分の存在がその隙間にぴったり適合しており、そこへ素直に敏速に身を埋めれば足りることを知っていた。 彼女はその小柄な、みのりのいい、綿密に明るい皮膚のはりつめた体に相応の、ごく小さい墓しか望まないだろう。 みねは飯沼が好きだったと云って過言ではない。 求められることで、彼女は求める人間の美点を隈なく知ることができた。 それにもともと、みねは他の女中たちが飯沼を諷(ふう)する軽蔑的な軽口には与(くみ)さなかった。 彼の永年に亘(わた)って打ち挫(ひし)がれた男らしさを、みねは自分の、女らしさで率直に感じた。 明るい縁日の賑わいのようなものが、突然目先をとおるような気がした。 それは闇のなかに、アセチレン灯の強い光輝とその臭気と風船と風車と色とりどりの飴菓子(あめがし)の光彩を泛べて、消えた。 ……彼女は闇に目ざめた。 「なぜそんなに大きく目をあけるのだ」と飯沼が苛立った声で言った。 ふたたび天井を鼠の一群が走っていた。 小刻みながらその足音に跑があって、鼠は入り乱れて、とてつもない広野の闇の、片隅から片隅へと疾駆していた。 十五松枝家へ来た郵便物は一旦執事の山田の手をとおり、蒔絵の紋散らしの盆に麗々しく載せられて、山田みずから主筋へ配って歩くしきたりになっていたので、それと知った聡子は用心して、蓼科を文づかいに立て、飯沼に手渡すことに決めていた。 その飯沼が、卒業試験の準備にいそがしい折柄、蓼科を迎えて受けとり、清顕の手に首尾よく届けた聡子の恋文。 「雪の朝のことを思うにつけ、晴れ渡ったあくる日も、私の胸のうちには、仕合せな雪が降りつづけてやみません。 その雪の一片一片が清様の面影につらなり、私は清様を想うために、三百六十五日雪の降りつづける国に住みたいと願うほどでございます。 平安朝の世なら、清様が歌を下さって、私が返しを差上げたところでしょうに、幼ないころから習った和歌が、こんなときには何一つ心を表わそうとしないのにおどろきます。 それはただ私の才が貧しいからでございましょうか? あんな我儘を申し上げて、お聴き届け下さったうれしさが、私の喜びの凡てだと思召しては下さいますな。 それは私が清様を思うがままにして喜んでいる女だと思召すのと同じことで、一番辛うございます。 何よりうれしかったのは、清様のお心の優しさでした。

§19

あんな我儘なお願いの底に、切羽詰った気持の隠れていることをお見抜きになり、何も仰言らずに雪見にお連れ下さって、私の心にひそめておりました最も恥かしい夢を、叶えて下さったお心の優しさでした。 清様。 あのときのことを思いますと、今も恥かしさとうれしさで身が慄えるような気がいたします。 日本では雪の精は雪女でございますけれど、西洋のお伽噺では、若い美しい男のように覚えておりますので、凜々しい制服をお召しの清様のお姿は、丁度私を拐わかす雪の精のように思い做され、清様のお美しさに融け込むのは、そのまま、雪に融け入って凍死する仕合せのように思われました」――文の末尾の、「この文は何卒お忘れなく御火中下さいますように」という一行まで、手紙はなお綿々とつづくのであるが、清顕はそのところどころに、きわめて優雅な言葉を使いながら、迸るような官能的な表現があることにおどろいた。 読みおわったときは、読む者を有頂天にさせる手紙だと思われたが、しばらくしてみると、彼女の優雅の学校の教科書のような気がしだした。 聡子は清顕に、真の優雅はどんなみだらさをも怖れないということを教えているように思われたのである。 雪見の朝のような出来事があり、二人が好き合っていることが確かならば、毎日ほんの数分間でも、逢わずにはいられぬというのが自然ではなかろうか? しかし清顕の心は、そんな風には動かなかった。 風にはためく旗のように、ただ感情のために生きるという生き方は、ふしぎにも、自然な成行を忌避させがちなものである。 なぜなら自然な成行は自然に強いられてそうなるという感じを与え、何事につけて強いられることのきらいな感情はこれから脱け出して、今度は却って自分の本能的な自由を縛ろうとさえするからである。 清顕がここしばらく聡子に会うまいとしているのは、克己のためでもなければ、まして色恋の達人のように、愛の法則を知悉しているためでもなかった。 それはいわば彼のぎしゃくした優雅のため、虚栄心とほとんどすれすれの未熟な優雅のためであった。 聡子の優雅の持つみだらなほどの自由が羨ましく、それに引け目を感じてもいた。 水が馴染んだ水路へ戻るように、又しても彼の心は、苦しみを愛しはじめていた。 彼のはなはだわがままで、同時に厳格な夢想癖は、逢いたくても逢えないという事情のないことにむしろ苛立ち、蓼科や飯沼のお節介な手引を憎んだ。 かれらの働きは、清顕の感情の純粋さの敵であった。 こんな身を噛む苦痛と想像力の苦悩を、清顕はすべて自分の純潔から紡ぎ出すほかはないことに気づいて、矜りを傷つけられた。 恋の苦悩は多彩な織物であるべきだったが、彼の小さな家内工場には、一色の純白の糸しかなかったのだ。 『あいつらは僕をどこへ連れて行こうとするのか? 僕の恋がようやく本物になろうとするこのときに』しかしすべての感情を「恋」と規定するときに、彼は改めて気むずかしくならずにはいられなかった。 ふつうの少年だったら己惚れで有頂天になるほどのあの接吻の思い出も、この己惚れに親しみすぎた少年にとっては、日ましに心を傷つける事件になった。 あの瞬間には、たしかに宝石のような快楽が煌めいていた。 その一瞬だけは疑いなく、記憶の奥深く鏤められた。 まわりはあいまいな一トつづきの灰色の雪の中心に、どこからはじまりどこで終るともしれぬ不確定な情念の只中に、明晰な真紅の宝石がたしかに在った。 こんな快楽の記憶と心の傷とが、ますます背反するのに彼は悩んだ。

§20

そしておしまいにはお馴染の、心を暗くするだけの思い出に納まった。 つまりあの接吻をも、聡子から与えられた得体のしれない屈辱の思い出の一つとして扱うこと。 彼はなるたけ冷たい返事を書こうとして、何度も便箋を破いては書き直した。 ついに氷のような恋文の傑作が出来上ったと信じて筆を擱いたとき、彼は自分がそれと知らずに、いつかの弾劾の手紙を前提として、女を知り尽した男の文体を採用していることに気づいた。 この明らかな嘘が今度は彼自身を傷つけたので、清顕は又書き直して、生れてはじめて接吻を知った男の喜びのままに素直に書いた。 それは子供らしい熱烈な手紙になった。 彼は目を閉じて、手紙を封筒に入れ、匂いやかな桜いろの舌尖を少し出して、封筒の糊を舐めた。 それは薄い甘い水薬のような味がした。 十六松枝邸はもとより紅葉で名高かったが、桜もそれなりに見事であって、正門まで八丁の並木には、松にまじって桜も数多く、とりわけ洋館の二階のバルコニーから眺めると、その並木の桜と、前庭の大銀杏につづく幾本かの桜と、かつて清顕が御立待を祝った芝生の丘をめぐる桜と、又、池を隔てて紅葉山のわずかの桜と、これらをのこりなく一望の下に眺めることができた。 隅々まで桜に埋められた庭の花見よりも、このほうが風情があるという人が多い。 春から夏にかけての松枝家の三大行事は、三月の雛祭と、四月の花見と、五月のお宮様のお祭とであったが、先帝崩御から一年に充たないこの春は、雛祭も花見もごく内輪に行うことに決められ、女たちの落胆は一通りではなかった。 冬のあいだから、雛祭や花見の趣向、その年に呼ばれる余興の芸人の噂などが、たえず奥から伝わって、それが春を待つ心をいよいよ掻き立てるのが常だったからである。 そういう行事が廃されることは、春が廃されるのと同じことなのであった。 わけても鹿児島風の雛祭は、招かれる西洋人の客の口から外国へも伝わり、その季節に来朝した西洋人が、手蔓を辿って招待を乞うて来ることもあるほどに名高かった。 象牙の内裏雛の春寒の頬は、燭に照らされ、緋毛氈に映えながら、なお冷え冷えとして見える。 衣冠束帯や十二単の衿元深く、雛の細い頸筋へ、切り込むような白い照りが窺われる。 百畳敷の大広間に緋毛氈を敷きつめ、格天井からは刺繍を施した大きな鞠を数しれず吊り、風俗人形の押絵を貼りめぐらす。 つるという名の押絵の名人の老婆が、毎年二月はじめから上京して、押絵つくりに精を出し、口癖で、何かにつけて、「御意でございます」と言うのであった。 こういう雛祭の花やかさが逸せられた代りに、花見は、もちろん表立ってではないが、はじめのお達しよりもずっと華美なものになることが予想された。 非公式に洞院宮が、御成りを仰せ出されたからである。 派手好きな侯爵は、世間への憚りに気を腐らせていた折だったから、宮の仰せをうれしくお受けした。 大帝の従兄に当られる方が、喪中を犯してお出でになるからには、侯爵のほうも十分名分が立つのだった。 洞院宮治久王殿下は、たまたま一昨年、御名代の宮としてラーマ六世の戴冠式に参列あそばされ、シャム王室とはゆかりの深い方であったから、侯爵は、パッタナディド殿下とクリッサダ殿下をもお招きすることにしていた。 侯爵は一九〇〇年、オリンピック国際競技の折のパリで宮にお近づきになり、夜のお遊びの指南をしたりしたので、御帰朝後も洞院宮は、「松枝。 あの三鞭酒の噴水のある家は大そう面白かった」などと二人だけに通じる話を好んでなさった。

§21

花見の日は四月六日と定められ、雛祭のすぎたころから、松枝家は何かとその準備のために、人々の起居も色めいて来た。 清顕は春休みを無為にすごし、父母のすすめる旅行にも気乗りのしない様子を見せた。 そんなにしげしげと聡子に逢っているわけではないのに、聡子のいる東京をしばらくでも離れる気はしなかった。 彼は冴え返りながらおもむろに来る春を、予感に充ちた怖ろしい気持で迎えた。 家にいて無聊に苦しむと、ふだんはあまり訪れない祖母の隠居所をたずねたりした。 彼があまり屡々隠居所を訪れぬ理由は、祖母が彼をいつまでも幼児のように扱う癖が抜けないのと、何かにつけて母の悪口を言いたがるためとであった。 いかつい顔つき、男性的な肩、みるからに岩乗な祖母は、祖父の死後、一切世間へ出ようとせず、あたかもただ死をたのしみとして暮しているかのように、ほんの一つまみのものしか喰べなかったが、それが却って彼女をますます壮健にしていた。 祖母は郷里の者が来ると、誰憚らぬ鹿児島弁で話したが、清顕の母や清顕には、多少楷書風なぎこちなさのある東京弁、それも「が」の鼻濁音を欠いているために一そう武張ってきこえる言葉で話した。 それをきくと、清顕は、祖母がことさらそのような訛りを保つことによって、彼が難なく発する東京風の鼻濁音の軽薄さを、それとなく非難しているように感じた。 「洞院宮様が花見にお出でになるそうだね」と炬燵の祖母は、清顕を迎えて、のっけから言った。 「ええ、そんな話です」「私はやっぱり出ますまい。 お前のお母さんも誘ってくれたが、私はもうここで、居ない人間になっていたほうが楽だ」それから祖母は、清顕が無為に暮しているのを案じて、柔か撃剣をやったらどうかとすすめ、以前はあった道場を取り壊して、そのあとに洋館を建てたときから、松枝家の衰運がはじまったのだと厭味を言った。 この祖母の意見には、清顕も心の中で賛成していた。 「衰運」という言葉が好きだったのだ。 「お前の叔父さんたちが生きていたら、お父さんもこれほどの勝手はできまい。 私は大体、宮家をお招きしたりしてお金を費うのは、見栄以外の何ものでもないと思っているよ。 栄耀栄華もせずに戦死した子供たちのことを考えると、私はお前のお父さんたちと一緒になって浮かれ遊ぶ気持にはなれない。 遺族扶助料だって、あれ、あの通り、使わずに神棚に上げてある。 息子たちが流した尊い血の償いに、お上から賜わるお金だと思うと、とても使う気にはなれないのだよ」祖母はこんな風に道徳的な御講義をするのが好きだったが、その着るもの喰べるもの、小遣から召使まで、すべて侯爵が至らぬ隈もないお世話をしていた。 清顕はともすると、祖母が田舎者の身を恥じてハイカラな附合を避けているのではないかと疑った。 しかし祖母と会っているときだけ、清顕は自分および自分をとりまくすべて贋物の環境からのがれて、まだこんな身近に生きている素朴で剛健な血に触れる喜びを抱いた。 それはむしろ皮肉な喜びだった。 祖母の大きな武骨な手がそうであり、その太い線で一筆描きにしたような顔つきがそうであり、そのきびしい唇の線がそうであった。 尤も祖母は固い話ばかりをするのではなく、炬燵の中で突然孫の膝をつついて、「お前がやって来ると、隠居所の女共がざわめいて困る。 私の目から見ればまだまだの洟垂小僧だが、女共の目からはちがって見えるのかね」などとからかった。

§22

彼は長押のところにかかっている二人の叔父の模糊とした軍服の写真を眺めた。 その軍服と自分との間には相渉るものは何一つないような気がした。 わずか八年前におわった戦争の写真であるのに、自分とその写真との距離は蒼茫としていた。 僕は感情の血を流すように生れついている、決して肉体の血は流さないだろう、と清顕は軽い不安の人のまじった傲慢な心で考えた。 閉てきった障子いちめんに日が射しているので、六畳の居間の温かさは、まるで障子紙の白い半透明な大きな繭のうちらにいて、透かしてくる日ざしに浴しているかのようだった。 祖母は突然うつらうつらしはじめ、清顕はこの明るい部屋の沈黙のなかに、柱時計の時を刻む音が際立つのをきいた。 浅くうなだれたまま眠る祖母の、白髪染の黒粉が散らばる切髪の生え際の下に、肉の厚いつややかな額がせり出していたが、そこには六十年前の少女時代に得た鹿児島湾の夏の日灼けが、名残をとどめているように見えた。 彼は海の潮と、長い時の移行と、自分もやがて老いるという考えに、突然息が詰りそうになった。 老年の知恵なぞは、かつて欲しいと思ったことがない。 どうしたら若いうちに死ねるだろう、それもなるたけ苦しまずに。 卓の上にぞんざいに脱ぎ捨てられた花やかな絹のきものが、しらぬ間に暗い床へずり落ちてしまっているような優雅な死。 ――死の考えが、はじめて彼を鼓舞して、急に一目でも聡子に会いたい気持にさせた。 彼は蓼科に電話をかけて、大いそぎで聡子に会いに行った。 聡子がたしかにそこに生きており、若く美しく、自分も生きてそこにいるという感じが、危く間に合って保つことのできた異常な幸運のような気がした。 蓼科の手引で、聡子は散歩に出てきた体にして、麻布の邸ちかくの小さな神社の境内で逢った。 聡子はまず、花見への招待のお礼を言った。 その招待を清顕の指図と信じている様子である。 あいかわらず率直さに欠けた清顕は、自分にとっては初耳のその話を、前から知っていたように装って、あいまいにお礼の言葉を受けた。 十七松枝侯爵はいろいろ考えた末、花見の客を極度に削って、洞院宮両殿下の御晩餐の席の陪食にあずかる人数にとどめ、シャムの両王子、家族的な附合をしていてよく呼ばれることのある新河男爵夫妻、聡子とその両親の綾倉伯爵夫妻だけに限ることにした。 新河財閥の当主は万事イギリス人のコピイであったが、男爵夫人は又、このごろ平家らいてうなどと親しく、「新しき女」たちのパトロンのようになっていたので、異彩を加えることになる筈であった。 午後三時に両殿下が御着きになり、母屋の一室でお休みになったのちに、庭へ御案内し、それから五時まで、元禄花見踊の扮装をした芸者たちが、園遊会形式でおもてなしをしたのち、手踊りをお目にかけ、日の暮れから洋館へ御導入して、アペリティフをさしあげ、正餐ののち、第二の余興として、この日のために雇われた映写技師が、新着の西洋物の活動写真をお目にかけて、それでおひらきという次第は、侯爵が執事の山田と共に、あれこれの評定の果てに落着いた案であった。 当の活動写真の演目の選定についても、侯爵は頭を悩ました。 フランス製のパテエの活動写真は、コメディー・フランセエズの名女優のガブリエル・ロバンヌの演技で名高く、品のよいものにはちがいないが、折角の花見の興を沈めそうに思われた。 この三月一日から、浅草電気館が西洋物の専門館になり、「失楽園のサタン」をかけて人気を呼んでいたが、そういうところで見られるようなものを、お目にかけても仕方がなかった。 さてとてドイツの活動物は、妃殿下や婦人客の御意に召さぬであろう。

§23

やはり無難なところで、イギリスのヘップウォース社の、ディッケンズの原作をもとにした五、六巻の人情物がよかろうということになった。 それはそれで多少じめじめしているけれど、上品好みであること、一般向きであること、英語の字幕であること、などで、お客のどなたにも喜ばれそうに思われるのであった。 もし雨天の場合はどうするか。 母屋の大広間からの桜のながめは豊かではないので、まず洋館の二階から雨の花見をして、その二階で芸者の手踊りも御覧に入れ、つづいてアペリティフと正餐に移らねばならぬ。 準備は芝生の丘から見下ろす池辺に、仮舞台を組むことからはじめられた。 晴れていれば、宮があちこちと桜を求めて巡遊される御道筋に、紅白の幕を張りめぐらすためには、尋常の反数ではとても足りない。 又、洋館の内部のそこかしこに飾る桜の枝々、食卓の飾りに春の田園を髣髴とさせる工夫の数々、そういうことだけでも人手が要る上に、いよいよ前日になると、髪結とその弟子たちの忙しさは口につくせなかった。 その日は幸いに晴であったが、それほどきらきらしく照りかがやく日ざしはなかった。 日は隠れると思えば顕われ、朝のうちはやや肌寒いほどだった。 母屋のふだんは使わない一室が、芸者たちの仕度部屋に充てられ、あるかぎりの鏡台がそこへ運び込まれた。 興を催おした清顕はその部屋をのぞきに行ったが、たちまち女中頭に追い払われた。 やがて来る女たちを迎えて掃き清められたその二十畳の部屋は、屏風をめぐらしたり、座蒲団を散らしたり、友禅の鏡台掛の一端がまくれて鏡面の冴えた光りをちらつかせたりしながら、まだ少しも脂粉の香りを漂わせてはいなかったが、小半時もするとここが俄かに嬌声にあふれ、女たちが我物顔に着物を脱いだり着たりする場所になるという想いは、却って予感のなまめかしさをひろげていた。 庭で新らしい木口を示している仮舞台よりも、ここはさらに香りの高い、なまめかしさの厩舎だった。 シャムの王子たちにはまことに時間の観念がなかったので、清顕は中食をすませたらすぐ来られるようにと伝えておいた。 すると王子二人は一時半ごろに到着された。 清顕は王子たちが学習院の制服で来られたことにおどろきながら、一先ず自分の書斎へ御案内した。 「君の恋人の例の美しい人は来るのですか」と、部屋へ入って来られるなり、クリッサダ殿下は大声で英語で言った。 つつしみ深いパッタナディド殿下は従兄弟の非礼を咎め、たどたどしい日本語で清顕にも詫びを言った。 清顕は、彼女はたしかに来るが、きょうは宮様や両親たちの前ではあり、どうかそういう話題はつつしんで下さるようにと頼んだ。 王子たちは顔を見合わせ、清顕と聡子の間柄が公けのものにはなっていないことに、今さら愕いていられるらしかった。 あれほど郷愁に打ち挫がれた一時期をすぎて、王子たちはもうかなり日本に馴染んでおられるようであった。 制服を着て来られたこともあって、清顕は分け隔てのない学友と同じ感じを持った。 クリッサダ殿下は、学習院長のまねを巧みに演じて、ジャオ・ピーと清顕を笑わせた。 窓に立って、あちこちに紅白の幕が風に揺れている庭の、いつもに変る風情(ふぜい)を眺めておられたジャオ・ピーは、「これから本当に温かくなるんだろうな」と心もとなげな声で言われた。 王子の声は夏の灼熱(しゃくねつ)の日に憧(あこが)れていた。

§24

清顕はその声に誘(いざな)われて椅子を立った。 そのときジャオ・ピーは澄んだ少年らしい叫びをあげ、従兄弟(いとこ)の王子もおどろいて腰を浮かせた。 「あの人だ。 僕たちが口止めされている美しい人は」と咄嗟(とっさ)の場合のジャオ・ピーの言葉は英語に戻った。 両親と共に池ぞいの道を母屋(おもや)のほうへ来る、まぎれもない聡子の振袖(ふりそで)の姿が見えた。 それは桜いろの美しい着物で、春の野の土筆(つくし)や若草をあしらったらしい裾模様(すそもよう)が遠く窺(うかが)われ、つややかな髪のかげに、中ノ島のほうを指さしてみせている白い頰(ほお)の明るみがほのかに見えた。 中ノ島には紅白の幕はなかったけれど、まだ新緑には遠い紅葉山の散歩路に、張りめぐらされたその幕は隠見して、池水に紅白の干菓子(ひがし)のような影を落していた。 清顕は聡子の甘くて張りのある声音をきいたように錯覚したが、閉めた窓ごしにそれがきこえる筈もなかった。 一人の日本人の少年と、二人のシャムの少年とは、息を凝らして一つ窓に顔を並べていた。 清顕はふしぎに思った。 この王子たちと共にいると、王子たちの熱帯的な感情が波動を及ぼすのか、清顕自身もやすやすと自分の情熱を信じ、あからさまにそれを表白することもできそうな気がした。 彼は今ためらわずに自分に向って言うことができた。 僕はあの人に恋している、それも狂おしいほどに恋している、と。 池から体をめぐらす聡子の顔が、さだかにこの窓へというわけではないが、母屋のほうへ晴れ晴れと向けられたとき、清顕はそこに幼ないころ、春日宮妃(かすがのみや)のおん横顔が、心ゆくまでうしろを振向かれなかったときの心残りが、六年後の今はじめて癒(いや)やされて、もっとも願わしい瞬間に立会っているような気がした。 それは時間の結晶体の美しい断面が、角度を変えて、六年後にその至上の光彩を、ありありと目に見せたかのようだった。 聡子は春の翳(かげ)りがちな日ざしの中で、ゆらめくように笑うとみると、美しい手がすばやく白く弓なりに昇ってきて、その口もとを隠した。 彼女の細身は、一つの弦楽のように鳴り響いていた。 十八新河男爵夫妻は放心と狂躁(きょうそう)とのみごとな取り合せであった。 男爵は妻の言うことなすことに一切注意を払わず、夫人は人の反応などおかまいなしに喋りつづけていた。 家にいるときも、人前に出たときもそうである。 いつも放心しているように見える男爵は時折寸鉄詩風に、他人の辛辣な批評をすることがあったが、決してそれを長々と敷衍したりすることはなかった。 しかるに夫人は千万言を費やしても、自分が今それについて語っている他人の、何一つ鮮やかな肖像を描き出すことができなかった。 かれらは日本で二台目のロールスロイスの買手であったが、その二台目ということを誇りにし、ひどく意気なことに思っていた。 男爵は家で夕食後には絹の喫煙服を着てくつろぎ、際限もない夫人のおしゃべりを聴き流した。 夫人は平塚らいてうの一派を家に招き、狭野茅上娘子の名歌から名をとった「天の火会」という月例の会を持っていたが、会合のたびに雨が降るので、「雨の日会」だと新聞にからかわれた。

§25

思想的なことは何一つわからぬ夫人は、女たちの知的な目ざめを、何か断然新しい型の卵、たとえば三角の卵を生むことをおぼえた鶏たちを見るように、昂奮して眺めていた。 夫妻は松枝侯爵邸の観桜会に招かれるのを、半ばは迷惑、半ばはうれしく思っていた。 迷惑なのは、行かぬさきから退屈なことがわかっているからであり、うれしいのは、自分たちの本式の西洋風の無言の示威ができるからであった。 それにこの豪商の家は、薩長政府と持ちつ持たれつの仲をつづけ、父の代から、田舎者に対するひそかな軽侮が、かれらの新らしい不屈の優雅の核をなしていた。 「松枝さんのところでは、又宮家をお招きして、楽隊でお迎えしようとでも考えているのだろう。 宮家のお成りを、芝居の出し物のように考えている家だから」と男爵が言った。 「私たちは新らしい思想をいつも隠していなければなりませんのね」と夫人は応じた。 「でも新らしい思想を隠して、そしらぬ顔をしているのは、意気ではございませんか。 旧弊な人たちの中へ、こっそりまぎれ込むのは面白いじゃございませんか。 松枝侯爵が洞院宮様に、ばかに恭しくしたり、又時折、妙に友達ぶったりなさるのを見るのは、面白い見物でございますわ。 着てゆく洋服は何にいたしましょう。 昼間から夜の盛装で出かけるのも何ですし、いっそ裾模様の和服のほうが、出ず入らずでいいかもしれません。 京都の北出にそう言ってやって、大いそぎで夜桜に篝火の裾模様でも染めさせましょうか。 でも私には、どういうものか裾模様というのが似合わないのでございますよ。 それが自分だけ似合わないと思い込んでいて実は似合っているのか、それとも人から見ても本当に似合っていないのか、そのへんがどうしてもわかりませんの。 あなたどうお思いになる? 」――当日、侯爵家から、宮家御到着時間前にお出で下さるようにという伝言があったので、新河男爵夫妻はわざとその時刻に五、六分おくれて到着したが、もちろん宮のお着きまでには十分余裕があったので、この田舎くさいやり方に男爵は腹を立て、「宮家の馬車の馬が、途中で卒中でも起しましたかね」と来る匆々皮肉を言った。 しかしどんな皮肉を言っても、男爵はそれを英国風に口のなかで無表情に呟くので、誰の耳にも入らなかった。 宮家の馬車がはるか侯爵家の門を通ったという注進があり、主人側が母屋の玄関に居並んでお出迎えの列を作った。 馬車が馬廻しの松の木がくれに、道の砂利を踏み散らして入ってきたとき、清顕は馬が鼻孔を怒らして頸筋を立て、丁度勢いあまった波が砕けようとして白い波頭を逆立てるように、その灰白色の鬣を逆立てるのを見た。 そのときかすかに春泥に染った馬車の腹の金の御紋章は、金いろの渦をゆらめかせて、静まった。 洞院宮の黒い山高帽の下に、立派な半白のお髭がのぞかれた。 妃殿下がこれに従われ、大広間へ靴のままお上りになれるようにしつらえた白い敷布ごしに式台を上られた。 もちろんその前に軽い御会釈があったが、念入りな御挨拶は、広間へお通りになってのち申上げることになっていた。 ひろがる余波の泡立ちの間に莫告藻の実が隠見するように、目の前を歩まれる妃殿下の黒いお靴の尖が、白い裳裾の薄紗の前にかわるがわる現われるさまを、清顕は目にとめて、それがあまり優雅だったので、もうお年を召したお顔をことさら仰ぐのが憚られた。

§26

広間で侯爵は当日の客を両殿下にお引合せしたが、そのうち殿下がはじめて御覧になる顔は、聡子一人であった。 「こんな別嬪のお姫さんを私の目から隠していたとはね」と殿下は綾倉伯爵に苦情を仰言った。 そばにいた清顕は、この瞬間、何かわからぬ軽い戦慄が背筋を走るのを感じた。 聡子が、並いる人たちの目のなかで、一個の花やかな鞠のように高く蹴上げられる心地がしたのである。 シャムの二人の王子は、シャムにゆかりの深い宮に、来朝匆々お招きをうけたことがあったから、すぐお話が弾み、宮は学習院の学友たちが親切であるかどうかをお尋ねになった。 ジャオ・ピーは微笑をうかべてまことに礼儀正しく、「みな十年の知己のようで、何事も親切に助けてくれますので、何の不自由もありません」と答えられたが、清顕以外に友らしい友もなく、学校へは今までほとんど顔を出されないことを知っている清顕は、その言葉を伺っていおかしく思った。 新河男爵の心は銀のようで、折角磨き立てて家を出て来ても、人中へ出れば忽ち退屈の銹に曇った。 こんな応待一つを耳にするだけでも銹を生ずる。 ……いよいよ侯爵の御案内で、宮に従って、客がぞろぞろと花見の庭へ向うにつけても、日本人の常で客が容易にまじり合わず、おのずから妻は良人について歩くことになりがちである。 男爵はすでに人目に立つほどの放心状態に陥っていたが、前後の人が離れているのを見届けて、妻にこう言った。 「侯爵は外国遊学以来、ハイカラになって、妻妾同居をやめて、妾を門外の貸家へ移したそうだが、正門まで八丁あるそうだから、八丁分のハイカラということになるな。 五十歩百歩とはこのためにできた諺にちがいない」「新らしい思想なら新らしい思想に徹底しなくてはだめですね。 世間から何と云われても、家のようにヨーロッパの習慣に従って、お呼ばれにも一寸した夜の外出にも、必ず夫婦そろって出かけるという風でなくては。 ごらんあそばせ。 池に映った向うの山の、二三本の桜と紅白の幕が綺麗ですこと! 私の裾模様はいかがでございましょう。 今日のお客様方のなかでは、一等凝った、しかも新らしい大胆な図柄ですから、池の向う岸から、私の池に落す影を眺めたら、さぞ綺麗でございましょう。 私がこちら岸にいて、同時に向う岸にいられないとは、何という不自由なことでしょう。 ねえ、そう思召しませんか? 」新河男爵は、こんな一夫一婦制のみごとに洗練された拷問に耐え抜くことを、(もとより自分の好きではじめたことだから)、あたかも百年も人に先んじた思想による受難だという風に感じて、喜んで耐えた。 もともと人生に感激を求めるたちではない男爵には、どんなに耐えがたい辛苦でも、そこに感激の介在する余地がなければ、何かハイカラで意気なことに思われたのである。 丘の上の園遊会場には、元禄花見踊の丹前風の侍、女伊達、奴、座頭、番匠、花売、紅絵売、若衆、町娘、田舎娘、俳諧師などに扮した柳橋芸者が、勢揃いをしてお客を迎え、宮はかたわらの松枝侯爵に御満足気な微笑を洩らされ、シャムの王子二人は清顕の肩を叩いて喜んでおられた。 清顕の父は殿下の、母は妃殿下のおもてなしに集中しているので、ともすると清顕は二人の王子と共に取り残されたが、芸者たちが清顕のまわりに群れたがるので、言葉の不自由な王子たちを引立てるために心を労して、清顕は聡子を顧みるいとまもなかった。 「若様、少しはお遊びにおいでなさいまし。 きょうで岡惚れが一ぺんにふえましたよ。

§27

このまま放置っておおきになっちゃ殺生ですよ」俳諧師に扮した老妓が言った。 若い芸者は、男出立の妓も、目もとに紅を刷いているのが、笑う表情さえ酔いにゆらめくようで、清顕は夕刻が近づくにつれてかなり肌寒くなった身のまわりに、真摯な夕風を何一つ通さない絹と縫取と白粉の肌の六曲二双の屏風を立てめぐらされたような心地がした。 何とこの女たちは、笑いさざめき、楽しげで、自分たちの肉の丁度頃合の熱さの風呂にたっぷりと凝っていることだろう。 仕方話の指の立て方、白いなめらかな咽喉元に小さな金細工の蝶番(ちょうつがい)でもはまっていそうな、その一定のところで止るうなずき方、人の擲(なげ)撥(はね)を受け流すときの、一瞬の戯(たわむ)れの怒りを目もとに刻みながら、口は微笑を絶やさないその表情、急に真顔になって客のお談義をきくときのその身の入れ方、一寸髪へ手をやるときのやるせなげな刹那(せつな)の放心、……そういうさまざまな姿態のうちに、清顕(きよあき)がしらずしらず比べているのは、芸者たちの頻繁な流し目と、聡子(さとこ)のあの独特な流し目とのちがいであった。 この女たちの流し目はいかにも敏活で愉(たの)しげだったが、流し目だけが独立して、うるさい羽虫のように飛び廻りすぎるきらいがあった。 それは決して聡子のそれのような、優雅な律動の裡(うち)に包まれてはいなかった。 遠く、宮と何かお話をしている聡子の横顔が見えた。 ほのかな夕日に映えて、その横顔は遠い水晶、遠い琴の音、遠い山襞(やまひだ)というふうに、距離がかもし出す幽玄なものにあふれ、しかも、少しずつ夕べの色を増している木の間(ま)の空を背景にしているだけに、夕富士のようなくっきりした輪郭を持っていた。 ――新河男爵は綾倉伯爵と、言葉すくなの会話を交わし、二人ともかたわらに芸者を侍(はべ)らしながら、芸者の姿などまるで目に入らぬかのように振舞っていた。 桜の花びらが落ちまじる芝生の上で、その汚れた一片(ひとひら)の花びらを夕空を映すエナメルの靴尖(くつさき)につけた綾倉伯爵の靴のサイズが、女のように小さいのに男爵は目をとめた。 そういえばグラスを持つ伯爵の手も、雛(ひな)の手のように白く小さかった。 男爵はこういう衰亡した血に嫉妬(しっと)を感じた。 そして又、伯爵のいかにも自然な、微笑を含んだ放心状態と、自分のイギリス風の放心状態との間に、余人との間には成立たない会話が成立つのも感じていた。 「動物では何と云うても、鼯鼠(むささび)の目が可愛らしいようです」と突然伯爵は言った。 「鼯鼠目ね……」と男爵は何の概念も心にうかべずに言った。 「兎(うさぎ)、モルモット、栗鼠(りす)などですね」「そういうものをお飼いですか」「いいえ、飼いはしません。 家の中が匂(にお)いますから」「可愛らしくてもお飼いにならんのですか」「第一、歌になりません。 歌にならぬものは、家には置かぬようにとの家憲でして」「そうですか」「飼いはしないが、小さくて、毛がもじゃもじゃとして、おどおどした生物(いきもの)が、何より可愛らしいように思われます」「それはそうですね」「可愛らしいものは、どういうものか、それだけ匂いが強いようです」「そういうことは言えましょうね」「新河さんは永いあいだロンドンにおいでになったそうだが……」「ロンドンでは、お茶の時間に、一人一人、ミルク・ファースト? ティー・ファースト? ときいてまわります。 まぜてしまえば同じことですが、ミルクを先に注ぐか、お茶を先に注ぐかは、一人一人にとって、国の政治よりももっと緊急重大な問題でして……」「それは面白いお話をうかがいました」芸者は口をさしはさむ機会を与えられず、二人とも花見に来ながら、花のことなど少しも念頭にないように見えた。 侯爵夫人は妃殿下のお相手をし、妃殿下が長唄がお好きで三味線もよくなさるので、地方で柳橋一の老妓が、そばでお話を合せた。 侯爵夫人は、いつぞや親戚の結納の祝いに、ピアノと三味線と琴で『松の緑』の合奏をして、みんなでたのしんだことをお話しし、妃殿下は、その場に私も居合せたかったものだ、と大いに興を催おされた。 高笑いはいつも侯爵の口から爆けた。 宮は美しく手入れされたお髭を庇ってお笑いになるので、それほどの高笑いはなさらなかった。

§28

座頭に扮した老妓が侯爵に耳打ちすると、侯爵は大声で客に呼びかけた。 「さあ、兄今から、花見踊の余興がはじまります。 皆様どうか舞台の前のほうへ……」この口上は本来執事の山田の役目になっていたのである。 主人に突然自分の役割を奪われた山田は、眼鏡の奥でいそいで暗い目ばたきをした。 これが誰にも知られずに、彼が不測の事態を呑み込んでしまうときの唯一の表情だった。 自分が主人のものに一切手を触れぬ以上、主人も彼のものに一指も触れるべきではない。 去年の秋にもこんなことがあった。 貸家の外人の子供たちが、邸内の団栗をひろって遊んでいた。 そこへ山田の子供たちが来たので、外人の子は預けてやろうとしたが、彼らは頑なに受け取ろうとしなかった。 主家の物に手をつけてはならないと、固く戒められていたのである。 こんな応待を誤解した親の外人が山田のところへ抗議に来たが、山田はいずれも煮詰めたような生まじめな顔、妙に恭しい形の唇をした自分の子らを、それと知って、大いに賞めてやった。 ……――山田は一瞬のうちに、こういうことを思い出すと、不如意な足で袴を蹴立てて、悲しげなほど猛然と客の中へ飛び出し、あわただしく客を舞台のほうへ誘導して行った。 折しも池辺の舞台では、張りめぐらした紅白の幕の舞台裏で、空気を切り刻んで新らしい木屑を舞い立たせるような、二丁の柝がひびいていた。 十九清顕と聡子が二人きりになる機会が得られたのは、花見踊の余興が果てたのち、やがて来る薄暮と共に客が洋館へ導入されるそのわずかな間であった。 余興をねぎらう客たちと芸者たちが再び入りまじり、酔いも進み、しかも灯ともし頃にはまだ間があるという、微妙なざわめきした、歓楽の不安の感じられる刻限だった。 清顕は遠い目配せで、聡子がうまく自分に従って、程々の距離を置いて、あとをついてくるのを知った。 丘の径が池へ向うのと、門の方角へ向うのと分れるところに、紅白の幕の切れ目があって、丁度そこに立つ桜の巨樹が、人々の目を遮る。 清顕がさきにその幕外へ身を隠したが、すんでのところで聡子は紅葉山周遊のかえるさ池のほうから上ってくる妃殿下のお附きの女官たちにつかまってしまった。 清顕は今さら出てゆくこともならず、聡子が席を外す機会をつかまえるのを、樹下でひとり待っているほかはなかった。 こうして一人きりになったとき、清顕ははじめてしみじみと桜をふり仰いだ。 花は黒い簡素な枝にぎっしりと、あたかも岩礁に隙なくはびこった白い貝殻のように咲いていた。 夕風が幕をはらませると、まず下枝に風が当り、しなしなと花が呟くように揺れるにつれて、大きくひろげた末の枝々は花もろとも大まかに鷹揚に揺れた。 花は白くて、房なりの蕾だけが仄赤い。 しかし花の白さのうちにも、仔細に見ると、芯の部分の星形が茶紅色で、それが釦の中央の縫い糸のように一つ一つ堅固に締って見える。 雲も、夕空の青も、互いに犯し合って、どちらも稀薄である。

§29

花と花はまじわり合い、空を区切る輪郭はあいまいで、夕空の色に紛れるようである。 そして枝々や幹の黒が、ますます濃厚に、どぎつく感じられる。 一秒毎、一分毎に、そういう夕空と桜とのあまりな親近は深まった。 それを見ているうちに、清顕の心は不安に閉ざされた。 幕が再び風を孕んだと思われたのは、聡子が幕に沿うて身を這らせて出て来たのである。 清顕は聡子の手をとった。 夕風にさらされて冷たい手だった。 接吻しようとすると聡子はあたりを憚って拒んだが、同時に自分の着物を、桜の幹いちめんの粉をまぶしたような苔から庇ったので、そのまま清顕に抱かれてしまった。 「こんなことをしていると辛いばかりだわ。 清様、お離しになって」と聡子が低声で言うのに、なおあたりを憚る調子がありありと聴かれたので、清顕はその取り乱し方の不足を怨んだ。 清顕は自分たちが今桜の樹下に、倖せの絶頂にいるという保証が得たいのだった。 不安な夕凪がその焦躁を高めたのも事実だが、聡子と自分が、これ以上何もねがわないような一瞬の至福の裡にあることを確かめたかった。 少しでも聡子が気乗りのしない様子を見せれば、それは叶わなかった。 彼は妻が自分と同じ夢を見なかったと云って咎め立てする、嫉妬深い良人のようだった。 拒みながら彼の腕のなかで目を閉じる聡子の美しさは喩えん方もなかった。 微妙な線ばかりで形づくられたその顔は、端正でいながら何かしら放恣なものに充ちていた。 その唇の片端が、こころもち持ち上ったのが、戯謔のためか、彼は夕明りの中にたしかめようと焦ったが、今は彼女の鼻翼のかげりまでが、夕闇のすばやい兆のように思われた。 清顕は髪に半ば隠れている聡子の耳を見た。 耳朶にはほのかな紅があったが、耳は実に精緻な形をしていて、一つの夢のなかの、ごく小さな仏像を奥に納めた小さな瑠璃の龕のようだった。 すでに夕闇が深く領している秘なものがあった。 その奥にあるのは聡子の心だろうか? 心くあいた唇の、潤んできらめく歯の奥にあるのだろうか? 清顕はどうやって聡子の内部へ到達できるのかと思い悩んだ。 聡子はそれ以上自分の顔が見られることを避けるように、顔を自分のほうから急激に寄せきせて接吻した。 清顕は片手をまわしている彼女の腰のあたりの、温かさを指先に感じ、あたかも花々が腐っている室のようなその温かさの中に、鼻を埋めてその匂いをかぎ、窒息してしまったらうがためたところで、完全な美の均整へ達しようとしているのを、つぶさに見ていた。

§30

も唇を離した聡子の大きな髪が、じっと清顕の制服の胸に埋められたので、彼はその髪油の香りの立ち迷うなかに、幕の彼方にみえる遠い桜が、銀を帯びているのを眺め、こ愛わしい髪油の匂いと夕桜の匂いとを同じもののように感じた。 夕あかりの前に、こまかく重なり、けば立った羊毛のように密集している遠い桜は、その銀灰色にちかい粉っぽい白の下に、底深くほのかな不吉な紅、あたかも死化粧のような紅を蔵していた。 清顕は突然、聡子の頬が涙に濡れているのを知った。 彼の不福な涙か不幸な涙かと、いちはやく占いはじめるが早いか、彼は、涙を拭おうともせず、打ってかわった鋭い目つきで、些かてつづけにこう言った。 「子供よ! 子供よ! 清様は。 何一つおわかりにならない。 ない。 私がもっと遠慮なしに、何もかも教えてあげていればよかったのだわ。 御自分を大層なものに思っていらしても、清様はまただの赤ちゃんですよ。 本当に私が、もっといたわって、教えてあげていればよかった。 でも、もう遅いわ。 ……」言いおわると、聡子は身をひるがえして幕の彼方へのがれ、あとには心を傷つけられ春の雪た若者がひとりで残された。 何事が起ったのだろう。 そこには彼をもっとも深く傷つける言葉ばかりが念入りに並び、もっとも彼の弱い部分を狙って射た矢、もっとも彼によく利く毒薬が集約されており、いわば彼をいためつける言葉の精華であった。 清顕はその毒の只ならぬ精練度にまず気づくべきであり、どうしてこんなに悪意の純粋な結晶が得られたかをまず考えるべきだった。 しかるに胸は動悸を早め、手はふるえ、口惜しさに半ば涙ぐみながら、怒りに激して立ちつくしている彼は、その感情の外に立って何一つ考えることができなかった。 彼にはその上、客の前へ顔を出すことが、そして夜が更けて会が果てるまで平然とした顔つきでいることが、世界一の難事業のように思われた。 二十宴はすべて滞りなく運ばれ、何ら目に立つ手落ちもなくて終った。 まことに大ざっぱな侯爵は、自分も満足し、客ももちろん満足したことを疑わなかった。 彼にとって侯爵夫人の値打が、もっとも輝やかしいものになるのは、このような瞬間だった。 それは次のような問答によって知られる。 「両殿下は終始御機嫌麗わしかったね。 満足して帰られたと思うかね」「申すまでもございませんわ。

§31

こんなたのしい一日は、前の天子様の崩御以来、はじめてのことだと仰言っておいででした」「それはずいぶん不謹慎な仰言り方だが、実に実感がある。 それにしても、午後から深更までで、長すぎて、お客は疲れはしなかったろうか」「そんなことはございません。 お立てになった御計画が綿密で、手順がなめらかで、次から次とちがった愉しみがつづくのですもの。 皆さん、お疲れになる暇があったとは思えません」「活動写真のあいだ、眠っていた人はいなかったかね」「いいえ。 皆様、それは大きな目をおひらきになって、熱中して御覧になっておいででした」「それにしても聡子はやさしい娘だ。 たしかに心を動かす活動写真ではあったが、泣いていたのはあの人一人だった」活動写真のあいだ聡子は心おきなく泣き、明るくなったとき、侯爵ははじめてその涙に気づいたのである。 清顕は疲れ果てて自室へ辿りついた。 しかし目が冴えて眠れるどころではない。 窓をあける。 暗い池の面から、青黒い龍の頭が、群立ってこちらを見上げているような気がする。 ……彼はとうとうベルを鳴らして飯沼を呼んだ。 すでに夜間大学を卒業した飯沼は、夜は必ず家にいた。 清顕の部屋へ入って行った飯沼は、そこに一目でわかるほど、怒りと苛立ちに荒廃した「若様」の顔を見た。 飯沼はこのごろ次第に人の顔色をよく読むことができるようになっていた。 それはかつては全く彼の能力の外にあるものだった。 わけても日常接する清顕の表情は、今では万華鏡を覗くように、繊細な色さまざまな硝子の細片の組合せが、明晰に見てとれるようになった。 その結果、飯沼の心や嗜好にも変化が生れた。 悩みや憂いにやつれた若主人の顔を、かつては惰弱な魂のあらわれとして憎んだ彼が、今ではそれを風情あるものと見るまでになっていた。 たしかに清顕の愛わしげな美貌には、幸福や喜びはあまり似合わず、その気品を高めるのは、むしろ悲しみや怒りであった。 そして清顕が怒って苛立つときは、そこに必ず、頼りなげな一種の甘えが、二重写しになって現われるのであった。 さなきだに白い頬が青ざめ、美しい目が血走り、流れるような眉が歪むと、そこに重心を失ってよろめく魂の、ものに縋ろうとする渇望があらわれ、荒野に漂う歌のような、荒廃のなかの甘さが這い出た。 いつまでも清顕が黙っているので、飯沼はこのごろは勧められずとも掛けることにしている椅子に掛けて、清顕が卓上に放置しておいた今夜の正餐のメニューをとりあげて読んだ。 それは飯沼がこの先何十年松枝家にいても、決して味わう機会のないことがわかっている献立だった。 「大正二年四月六日観桜会晩餐*一羹汁鼈極製浮身入一羹汁鶏肉細末製一魚肉鱒白葡萄酒煮牛乳製掛汁一魚肉牛背肉蒸煮洋菌製一獣肉鶉洋菌詰蒸焼形入製一獣肉羊背肉焙焼セロリ製添ル一鳥肉鵞肝冷製寄物一製酒松林檎入氷酒一鳥肉鷓鴣洋菌詰蒸焼一サラト紙函入製一蔬菜松葉独活鞘隠元豆一製菓牛乳油製冷菓一製菓二種合氷菓雑菓――いつまでもメニューを読んでいる飯沼を見つめる清顕の目は、蔑みをあらわしたり哀願を湛えたりして、落着かなかった。 自分が口を切るのを飯沼が待っている、その無神経な遠慮が腹立たしい。

§32

主従の別も忘れて、彼が兄のように清顕の肩へ手をかけて訊いてくれたら、どんなに喋り易かったことであろう。 清顕はもとの飯沼と変った男がそこに坐っていることに気づかなかった。 むかしは激しい熱情を不器用に抑えつけているだけだったこの男が、今はやさしい柔らかい気持で清顕に対し、もともと不得手な細かい感情の領域へ、馴れぬ手を染めようとしていることを知らなかった。 「お前には今、僕がどんな気持でいるかわからないだろうが、」と、とうとう清顕は口を切った。 「聡子さんからひどい侮辱を受けた。 まるで僕を一人前扱いにしていない口ぶりで、今までの僕の行動は愚かしい子供の振舞だと言わぬばかりだ。 いや、本当にそう言ったんだ。 一番僕のいやがることを、選りに選ってぶつけてきたあの人の態度には、僕もがっかりした。 これでは雪の朝、あんなにあの人の言いなりになったのも、こちらが玩具にされただけのことになる。 ……お前には何かこれについて心当りはないだろうか。 たとえば蓼科からちょっと耳に入れた話とか、そういうものが……」飯沼はしばらく考えていて、「さあ、別に思い当りません」と言ったが、この考える間の不自然な長さが、鋭くなっている清顕の神経に、蔓のようにからみついた。 「嘘だ。 お前は何か知っている」「いや、何も存じません」そうして押問答をしているうちに、飯沼はそれまで言うまいと思っていたことを言ってしまった。 他人の心の結果は読めても、心の反応については不敏な飯沼は、自分の言葉が清顕の心にどんな斧の一撃を与えることになるか、わからなかった。 「みねからきいた話ですが、これはみねが私にだけ内密に話して、絶対に誰にも言うな、と言った話です。 しかし若様に関係したことですから、申上げたほうがいいかもしれません。 お正月の親族会に、綾倉様のお姫さまがこちらへおいでになりましたね。 毎年あの日は侯爵様が御親戚のお子様方どなたとも親しくお話をなさって、相談にも乗ってお上げなさる日であります。 そのとき、侯爵様は、お姫さまに、『何か相談事でもあるかね』と冗談のようにお訊きになりましたところ、お姫様も冗談のように、『はい、大へん大切な御相談がございます。 小父様の教育の御方針について伺いとうございます』と申されたそうです。 念のために申し上げますが、この話はすべて、侯爵様が、寝物語に、と申しては何ですが、(その言葉を、飯沼は云いようない痛恨をこめて放った)、寝物語に、笑いながらみねにお話しになった事であります。 それをみねがありのままに私に伝えたのです。 さて、侯爵様が興味を催おされて、『教育方針とは一体何だね』と仰言ったところ、お姫様は、『清様から伺ったところでは、お父様が実地教育を遊ばして、清様を花柳界へお連れになり、それで清様は遊びをお覚えになって、これで一人前の男になったと威張っておいでですが、小父様はそんなに不道徳な実地教育を本当に遊ばすのでございますか』と、まことに言いにくいことを、あの調子ですらすらとお訊きになったそうであります。 侯爵様は呵々大笑され、『これは手きびしい質問だ。 まるで貴族院の質問演説に矯風会が立ったようだ。

§33

もし清顕の言うとおりなら、それはそれで私も弁解のしようがあるが、実はその教育は肝腎の本人から斥けられてしまったのだよ。 あれはあの通りの、不肖の伜で、私に似ない晩稲で潔癖だから、いかにも私は誘いをかけたが、一言の下にはねつけて、怒って行ってしまった。 それでいながら、あなたには見栄を張って、そんな嘘の自慢話をするというところが面白い。 しかし、いかに心安立てとはいいながら、貴婦人に向って遊里の話をするような男に、私は育てたおぼえがない。 早速呼びつけて叱ってやりましょう。 そうしたらあいつも奮発して、お茶屋遊びの味をおぼえる気になるかもしれない』しかしお姫様が言葉をつくして、こんな侯爵様の軽はずみをお止めになったので、侯爵様もこの話は聴き流しになさる約束をなさいましたが、約束の手前どうしても人に話せず、とうとうみねにこっそりお話しになって、話しながら非常に愉快そうにお笑いになり、みねには固い口止めをされたそうであります。 みねも女ですから、そのまま黙っていられるわけがありません。 私にだけ話してくれたので、私は厳重に口止めをし、若様の御名誉にも関わることだから、もし口外するようなら、お前との交際も絶つ、ときびしく申し渡しました。 私のその意外な真剣な態度に押されて、みねもゆめゆめ口外することはあるまいと存じます」きいているうちに清顕の顔はいよいよ蒼ざめたが、今まで濃霧のうちにいてあちこちへ頭をぶつけていたものが、霧が晴れて白い円柱列が玲瓏とあらわれるように、すべてのあいまいな事象の輪郭がくっきりしてきた。 第一に、聡子はあれだけ否定しながら、実は清顕のあの手紙を読んでいたのだった。 もちろんそのことは彼女にそこばくの不安を与えた筈だが、年賀の親族会で侯爵の口から嘘が確かめられると、彼女は有頂天になり、彼女のいわゆる「仕合せな新年」に酔うた。 これで、あの日の厩の前で聡子が突然、熱情にかられた告白をした理由が分明になる。 さればこそ聡子は安心しきって、あのような大胆な雪見にも誘ったのだった! 今日の聡子のあの涙、あの無礼な非難は、これだけでは解けないが、明らかになったことは、聡子が終始一貫嘘をつき、終始一貫清顕を心ひそかに軽んじていたことである。 どんな弁解をきかされるにせよ、彼女がこんな人の悪い愉しみで清顕に接していたという事実だけは、誰も否定することができない。 『聡子が一方では僕を子供だと云って非難しながら、一方では僕を永久に子供のままに閉じ込めておきたかったことは、もう疑いの余地がない。 何という奸智だろう。 時折は人にたよるような女らしい風情を見せながら、心の中では軽侮を忘れず、奉るような素振をしながら、実はあやしてくれていたのだ』怒りのあまり清顕は、事件の発端がすべてあの嘘の手紙にあり、最初に清顕のついた嘘からすべてが起っていることを忘れてしまった。 ただ何事も聡子の背信に結びつけて考えた。 彼女は少年と青年の胸苦しい堺目に立つ男の、もっとも大切にしている矜りを傷つけたのである。 成人から見たらつまらない些事のように思われるもの、(父侯爵の笑いがそれをよく語っている)、その些事に関わる或る時期の男の矜持ほど、繊細で傷つきやすいものはなかった。 聡子はそれと知ってか知らずか、この上もない思いやりを欠いたやり方でそれを蹂躙したのだ。 清顕は羞恥のあまり病気にでもなったような気がした。 飯沼は清顕の蒼い顔色とつづく沈黙をいたましげに見戍りながら、まだ自分の与えた手傷に気づいていなかった。 永年に亘って彼を傷つけつづけてきたこの美しい少年に、今こそ、何の復讐のもくろみもなしに、彼のほうから深手を与えたことを知らなかった。

§34

それでいて飯沼が、このうなだれた少年を、これほど愛しく思った瞬間もなかったのである。 彼を扶け起し、彼を寝床へ運び、もし涙を流せば、貰い泣きもするだろうと、甘い、胸の迫るような気持で考えた。 しかしやがて上げた清顕の顔は乾き果てて、涙の気配もなかった。 その冷たい射るような眼差が、飯沼の幻想をすぐ打ち壊した。 「わかった。 もう行っていいよ。 僕も寝るから」清顕は自分も椅子を立って、飯沼を戸口のほうへ押しやった。 二十一明る日から何度か蓼科が電話をかけてきたが、清顕は電話口へ出なかった。 蓼科は飯沼を呼び、お姫様がどうしても直接若様にお話ししたいことがあるから、ぜひ取次いでくれ、とのんだが、清顕に強く言い渡されている飯沼は取次がない。 何度目の電話に、聡子がみずから出てきて飯沼にたのんだが、飯沼は固く断わった。 電話は連日執拗につづき、このことは御次の評判にさえ立った。 清顕は拒みつづけた。 そしてとうとう、蓼科がたずねて来た。 暗い内玄関に飯沼が応待に出、蓼科を決して家へ上げようとしない気構えで、式台の中央に小倉の袴の折目を正して坐った。 「若様はお留守でお目にかかれません」「お留守ということはありますまい。 あなたがそういう風にお止め立てをなさるなら、山田さんを呼んで下さいまし」「山田をお通しになっても同じことであります。 若様は決してお会いになりません」「それならよございます。 私が強って上らせていただいて、じきじきにお目通りいたします」「お部屋に鍵を締めて、決してお入れになりません。 あなたがお上りになることは御自由でありますが、内々の御用向でお越しの筈のあなたが、山田に知られたり、家内をお騒がせになったりすれば、侯爵様のお耳に入ることになりましょうが、それでもよろしいのでありますか」蓼科は黙って、暗いなかにも面皰の凹凸の浮ぶ飯沼の顔を憎さげに見た。 飯沼の目から見る蓼科は、明るい春日の漂う馬車廻しの五葉の松の葉末のきらめきを背景にして、年老いた頬の皺を濃い白粉で埋めている縮緬絵の人物のように見えた。 そしてその、重たげなほどに深い二重瞼のなかの目は険しく怒っていた。 「よろしゅうございます。 たとえ若様の御命令であろうと、あなたがそれほどに強く仰言るからには、あなたにもそれだけの御覚悟がおありなさるのでしょう。 今までは私もあなたのために、善かれと取計らって来たこともいろいろございますが、それもこれ限りと思召して下さいまし。 では若様にどうぞよしなにお伝え下さいますように」――四、五日して、聡子から部厚い手紙が来た。

§35

いつもなら山田を憚って、蓼科から直に飯沼に手渡し、清顕の手に渡る筈の手紙が、正々堂々と、山田の捧げる蒔絵の紋散らしの盆に載って届いたのである。 清顕はわざわざ飯沼を部屋に呼び、封を切らぬその手紙を見せ、窓をあけさせて、飯沼の前で、火鉢で火にくべた。 飯沼は清顕の白い手が、小さく舌をひらめかせる焔を避けて、また紙の厚みに圧せられて消えかかる焔を鼓舞して、桐の火桶のなかをこまかく小動物のように動きまわるのを、何か精妙な犯罪を目のあたりにするように眺めていた。 自分が手伝えばもっと巧く行く筈であるが、拒まれるのをおそれて手伝わなかった。 清顕はただ証人として自分を呼んだのだ。 いぶる煙を避けかねて清顕の目からは一滴の涙が滴った。 飯沼はかつて手をきびしい訓育と涙による理解を望んだものだが、今、目の前で、火にほてる頬にしたたる美しい涙は、何ら飯沼の力に依るものではなかった。 どうしてこの人の前では、いついかなる場合も、自分の無力を感じるようにしか仕向けられないのだろう。 一週間ほどのち、父侯爵の帰宅の早い日があって、清顕は久々に母屋の日本間で、両親と一緒の夕食に加わった。 「早いものだ。 お前も来年は従五位を賜わることになる。 そうしたら家のものにも、五位様と呼ばせよう」侯爵は上機嫌で言った。 清顕は心のうちで来年に迫る自分の成年を呪ったが、十九歳ではや、人間の成長ということに倦み果て疲れ果てているこうした心境は、聡子の遠い影響に毒されているのではないかと疑われた。 子供のときのように、新年の到来を指折り数え、大人になる望みの焦躁に耐えなかった、あのような心はやはりはすでに消え去っていた。 父の言葉を彼は冷え冷えとした気持できいた。 食事は親子三人でするときの例に洩れず、悲しげな八字眉の母の寸分の隙もないのどかな応待と、赤ら顔の侯爵のわざと規矩を外した上機嫌との、いつも決った役割が守られながら進んだ。 父母が目くばせとも云えぬほどに軽く目を見交わすのを、清顕はすばやく見咎めて愕いたが、それというのも、この夫婦の間の黙契ほど胡散くさいものはないと思われるからだった。 清顕が先に母の顔を見たので、母は些かひるみ、その語りだした言葉は些かもつれた。 「……あのね、一寸ききづらいことだけれど、ききづらいというほど大袈裟なことじゃないんだけれど、お前の気持もきいておきたいと思って」「何ですか」「実は聡子さんに又縁談があるのよ。 これがかなりむずかしい縁談で、もう少し先へ行くと、おいそれとお断わりすることはできなくなるの。 今のところは、聡子さんの気持は例のとおりあいまいなのだけれど、今度はあの人の気持も、今までのように無下にお断わりするような風には動かないと思うのよ。 御両親もお気が進んでいらっしゃるのだしね。 ……そこで、お前のことだけれど、お前も聡子さんとは幼な馴染だが、あの人の結婚について別に異存はありませんね。 ここは、ただお前の気持どおりに言ってくれればいいのだけれど、もし異存があるなら、その気持どおりを、お父様の前で申上げたらいいと思うのですよ」清顕は箸も休めず、何の表情もあらわさずに言下に言った。 「何も異存はありません。

§36

僕には何の関係もないことじゃありませんか」わずかな沈黙ののち、侯爵は少しも乱れぬ上機嫌な口調で言った。 「まあ、今なら引返せるのだ。 だからして、もし仮りに、少しでもお前の気持に引っかかりがあるなら、そう言ってごらん」「何も引っかかりなんかありません」「だから、もしも、と言っているのだ。 なければないで結構だ。 こちらも、あの家には永年の義理があるから、今度の話は、やれるところまでやり、助けられるだけ助け、何かと費えも見てあげなくてはならない。 ……それはそうと、来月はもうお宮様のお祭だが、もしこのまま話が進めば、聡子も忙しくなって、今年のお祭には来られないかもしれんな」「それならはじめから、お祭には、聡子さんをお招びにならないほうがいいのではありませんか」「これは愕いた。 それほど犬猿の仲とは知らなかった」侯爵は大いに笑って、笑いをしおに、その話を打切りにしてしまった。 両親にとって清顕は結局謎のような存在で、自分たちの感情の動きとはあまり隔たるその感情の跡を、追おうとしては道に迷う毎に、もう追おうとすることすら諦めてしまった。 今では侯爵夫妻は、わが子を預けた綾倉家の教育を、多少恨みに思うまでになっていた。 自分たちがかねて憧れていた長袖者流の優雅とは、要するにこのような意志の定まらぬわかりにくさだけを意味していたのであろうか? 遠目には美しくても、近い息子にその教育の成果を見れば、ただ謎をつきつけられているのと同じことだ。 侯爵夫妻の心の衣裳は、たとえさまざまな思惑があっても、南国風の鮮やかな単彩であるのに、清顕の心は、むかしの女房の襲の色目のように、朽葉色は紅に、紅は篠の青に融け入って、どれがどれとも見定めがつかず、それをことさら忖度しようとするだけで侯爵は疲れた。 何事にも無関心に見える息子の、冷たい何も語らない美貌を見ているだけで疲れ果てた。 侯爵の少年時代の思い出のどこを探ってみても、こんなにあいまいな、そして漣が立つかと見れば底澄みの、不安定な心に悩まされた記憶はなかった。 やがて侯爵はこう言った。 「話はちがうが、飯沼には近々暇をやらねばと思っている」「なぜですか」はじめて清顕は新鮮な愕きを顔にあらわした。 本当に意外だったのである。 「あいつにも永々世話になったが、お前も来年は成年になることだし、あいつも大学を卒業したし、ここらが好い潮時だと思うからだが、直接の理由はあいつについて、一寸面白くない噂をきいたからだ」「どんな噂です」「家のなかで不始末をしでかした。 ありていに言えば、女中のみねと密通しているということだ。 むかしならお手討ものだがね」この話をきいているときの、侯爵夫人の平静さはみごとだった。 この問題については、あらゆる点で、彼女は良人の味方に立っていた。 清顕は重ねて訊いた。 「誰からおききになった噂です」「誰でもいい」清顕はすぐさま蓼科の顔を思い泛べた。 「むかしならお手討ものだが、今の世の中ではそうも行くまい。 それに国の推薦で来た男だし、毎年ああやって中学の校長も年賀にやってくる間柄だ。

§37

ここは本人の将来を傷つけぬように、穏便に家を出すのが一番だ。 その上、私は花も実もある処置をとりたいと思っている。 みねにも暇をやって、本人同士、その気になれば夫婦になるもよし、飯沼の今後の働き口も探してやろうと思っている。 とにかく家を出すということが目的だから、あとは怨みを残さぬようにするのが一番だ。 永年お前の世話をさせたことは事実であるし、その点では何の越度もなかったわけだからして」「本当にお情深い。 そこまでやっておやりになれば……」と侯爵夫人は言った。 清顕はその晩、飯沼と顔を合せたが、何も言わなかった。 枕に頭を委ねてから、さまざまなことを思いめぐらし、自分が今全くの孤独になったのを知った。 友と云っては本多ばかりだが、本多には事の経緯をのこらず打明けているわけではない。 清顕は夢を見た。 夢のなかで、この夢は日記に誌すことはとてもできない、と考えている。 それほどこみ入って、それほど錯然としているのである。 さまざまな人物があらわれる。 雪の三輪隊の営庭があらわれるかと思えば、そこでは本多が将校になっている。 雪の上にふいに孔雀の群が舞い下りるかと思えば、シャムの王子が左右から聡子の頭に、長い瓔珞を垂らした黄金の冠を戴かせている。 飯沼と蓼科が口争いをしているかと見れば、二人がもつれあって千仞の谷底へころがり落ちている。 みねが馬車に乗ってきて、侯爵夫妻が恭しく出迎えている。 そうかと思うと、清顕自身は、筏に揺られて、はてしれぬ大洋を漂流しているのである。 夢の中で清顕は思っていた、あまり深く夢にかかずろうたために、夢が現実の領域にまで溢れ出し、夢の氾濫が起ってしまったのだと。 二十二洞院宮第三王子治典王殿下は、御歳二十五歳で、近衛騎兵大尉に昇進されたばかりであったが、英邁にして豪宕な御気性で、父宮のもっとも嘱望されている御子であった。 そういう御人となりであるだけに、お妃選びにも人の意見をおききにならず、さまざまな候補があげられたが、お気に染まぬままに年月を経てしまった。 父宮も母宮も困じ果てておられる折をとらえて、松枝侯爵が花見の宴にお招きして、さりげなく綾倉聡子をお引合せしたのである。 両殿下は大そう御意に召し、写真を差出すようにとの御内意があったので、綾倉家では早速聡子の正装の写真を献上したが、これを御覧になった治典王殿下は、いつものような辛辣な言葉を仰言らずに、じっと見入っておられた。 そうなると、すでに二十一歳になっている聡子の年齢上の難点も、物の数ではなくなった。 むかしわが子を預けたお礼に、松枝侯爵は、衰えた綾倉家の再興を、かねて心にかけていたのである。

§38

その早道は、直宮様でなくても、とにかく宮家と姻戚になることであるが、由緒正しい羽林家の綾倉家は、そうなってもすこしもふしぎはない家柄である。 ただ必要なのはその場合の後見で、綾倉家には、莫大もない御化粧料や、のちのちまでつづく宮家の御家来衆への盆暮のつけとどけなど、思っただけでも気の遠くなる出費のゆとりはなかった。 それをのこらず松枝家がお世話をする用意があるのだった。 聡子は自分の周囲であわただしく運ばれてゆくこれらのことを冷然と眺めていた。 四月は晴れの日がまことに少なく、暗い空の下で日ましに春が薄れ、夏が兆していた。 門構えばかりが立派な武家屋敷の、質素なつくりの部屋の肘掛窓から、手入れのとどかぬひろい庭を眺めていると、椿もすでに花が落ちて、その黒い固い葉叢から新芽がせり出し、柘榴も、神経質な棘立ったこまかい枝葉の尖端に、仄赤い芽をつき出しているのに気づいた。 新芽はみな直立し、そのために庭全体が、爪先立って背伸びをしているようにみえる。 庭が幾分か高くなったのだ。 聡子が目立って黙りがちになり、物思いに耽る折が多いのを、蓼科は大そう気づかったが、その一方、聡子は水の流れるように、父母のいいつけもよく聴き、何事にも素直に従うようになり、以前のように異を樹てることがなく、ほのかな微笑ですべてをうけ入れた。 こうして何もかも肯うやさしさの帷の裏に、聡子は、このごろの曇った空のような、広大な無関心を隠していた。 五月に入ったある日、聡子は洞院宮御別邸へ、お茶の時間のお招きをうけた。 例年ならば松枝家のお宮様の祭への案内が、すでに来ている筈の日頃であるのに、今聡子が何より心待ちにしているその案内は来ず、代りに宮家の事務官が招待状を携えて来て、さりげなく家扶に渡して去った。 いかにも自然な生起のごとく見えるこれらのことは、極秘のうちに、きわめてこまやかに運ばれていた。 多くを語らぬ父母も亦、聡子の立っているまわりの床に、こっそりと複雑な呪符を書きめぐらして、聡子を封じ込めようとしている人たちの一味だった。 宮家のお茶へは、もちろん綾倉伯夫妻も招かれたが、御差廻しの馬車のお迎えなどは却って事々しいので、松枝家が馬車を貸してくれることになった。 明治四十年御造営の別邸は横浜郊外にあり、そこまでの馬車の旅は、もしこんなことでもなければ、稀に見る一家そろっての愉しい遊山と云えたであろう。 この日は久々の快晴に恵まれ、伯爵夫妻は幸先のよいことを喜び合った。 強い南風の吹きめぐる沿道のいたるところに、鯉幟がはためいていた。 子供たちの数に従ってつける鯉の数も、大きい真鯉に小さめの緋鯉をとりまぜて、五疋もつけていれば煩わしく見え、風にはためく姿も鷹揚でなくなるのに、とある山際の家の幟は、伯爵が白い指をかかげて、馬車の窓から数えてみた数が十疋だった。 「なんとさかんなものやな」と伯爵は含み笑いをして言った。 それを聡子は、きわめて父に似つかわしくない野卑な冗談をきくように感じた。 青葉若葉の噴出はめざましく、山々は黄にちかい緑から黒ずんだ緑まで、千種の緑の湧きあふれるなかに、わけても楓若葉の光りの洩れる木かげは、紫磨金の地のようだった。 「おや、何か埃が……」と母が聡子の頬へふと目をとめて、そこを手巾で拭おうとしたとき、聡子が咄嗟に身を退くと共に、頬についていた埃もたちまち消えた。 そこで母は、硝子の窓の一部の汚れが日ざしを遮り、聡子の頬に影の紋を投じていたのを知った。 聡子は母のこんなまちがいに興ずるでもなく、静かに笑ってみせただけであった。

§39

今日に限って自分の顔が念入りに注意され、羽二重の引出物のように検められるのがいやだったのである。 髪の乱れを厭うて、窓も閉め切っているために、馬車の中は炉のような暑さだった。 たえまない動揺、周囲につづく田植前の水田に映る若葉の山々、……聡子は自分が未来に待ちこがれているものが、何だかわからなくなっていた。 一方では、奇体なほど放胆に、のがれようのないところへ自分を流し込んでゆくことの、危険な心はやりにとらわれていて、一方ではまだ何事かを待っている。 今ならまだ間に合う。 まだ間に合う。 あわやという時に赦免状が届くことに望みをかけ、一方ではあらゆる希望を憎んでいた。 洞院宮御別邸は、海を見下ろす高い崖上にあり、御殿風の外観を持った洋館には、大理石の階段がついていた。 一家は別に迎えられて馬車から下りたときに、さまざまな船のうかぶ港のほうを見下ろして、嘆声を発した。 お茶は海を見渡すひろい南向きの廊で供された。 廊には多くの熱帯植物が繁茂し、そこへ入る入口を、シャムの王室から贈られた巨大な三日月型の一双の象牙が護っていた。 両殿下はそこで客をお迎えになり、気軽に椅子をおすすめになった。 菊の御紋章入りの銀器で英国風のお茶が出て、薄い一口サンドウィッチや洋菓子やビスケットが、ティー・テーブルの上に並べられた。 妃殿下はこの間の花見が面白かった話をされ、又、麻雀や長唄の話をされた。 伯爵が、黙っている娘に口添えして、「まだ家ではとんと子供で、麻雀もさせたことがございません」と言ったが、「おやおや、私共は暇なときは一日麻雀をしておりますよ」と妃殿下は笑いながら仰言った。 聡子は黒白十二の駒で遊ぶ、わが家の古い双六盤のことなどを言い出せなくなった。 今日の宮はくつろいで、背広を召しておいでになった。 そして伯爵を窓辺に伴い、港の船々を、あれは英国の貨物船、フラッシュ・デックという型の船、あれはフランスの貨物船、遮浪甲板型という型の船、などと、子供に説明するように、知識を披露なさった。 一見してその場の空気は、両殿下がどんな話題を選んでいいかお困りの様子に見えた。 スポーツなり、酒なり、一つでも共通の関心事があればよいのだが、綾倉伯爵はひたすら受身ににこやかにお話を受けるばかりで、聡子の目からも、父から学んだ優雅が今日ほど無益に感じられることはなかった。 伯爵はときどき、目前の話題とはまるで関係のない、とぼけた、風格のある冗談を言う人だったが、今日は明らかにそれを差控えていた。 ややあって、宮は時計を御覧になり、ふと思いついたように、こう仰言った。 『今日は幸い、治典王が軍隊で休みがとれて帰って来るが、わが子ながら、はなはだ武骨な人だが、気にされぬがいい。 そう見えても、根はやさしいのだから」仰言ると間もなく、御玄関のほうでざわめきがして、王子の御帰邸の気配が伝わってきた。 治典王殿下は佩刀を鳴らし、軍靴を鳴らして、その勇ましい軍服のお姿を廊に現わし、父宮に挙手の礼をなさった。

§40

聡子はその一瞬、いいしれぬ空疎な威風を感じたけれども、のお望みどおりに身を処して来られたことがよくわかった。 それというのも、兄宮方は異様に柔弱な御人となりで、健康もお勝れにならず、かねて父宮の御失望を買っておられたからである。 治典王殿下のこんな御態度には、もちろん美しい聡子にはじめて会うことの、照れ隠しもおありになったのであろう。 御挨拶のときも、そのあとも、殿下はほとんど聡子を直視されることがなかった。 お丈はさほど高くはないが立派な御体格の王子が、よろずにきびきびと、尊大で意志的な、お若いの威厳を持った態度をなさるのを、父宮は目を細めて御覧になっているようにお見受けする。 それというのも、御風采は堂々と御立派な父宮は、何か深いところで強い意志を欠いておいでになるという噂が高かったからである。 さて、治典王殿下の御趣味は、洋楽のレコードの蒐集で、それについては一家言がおありの御様子だったが、母宮が、「一つ何かお聴かせしたら」と仰言ったので、若宮は、「はい」と仰言って、室内の蓄音器のほうへ歩いておいでになった。 そのとき聡子は思わずお姿を目で追っていたが、廊と部屋との堺を大股にまたいで行かれるとき、その磨き立てた黒革の長靴の胴に、窓の白光がありありと滑り、窓外の青空までが、ちらと青いなめらかな陶片を宿したように思われた。 聡子は軽く目をつぶって音楽がはじまるのを待った。 すると胸のうちが、待つことの不安で黒々とかきくもり、針が盤面に落ちる刹那のかすかな音までが雷のように耳に轟いた。 ――若宮との間には、その後二三のさあらぬ会話があっただけで、夕景に一家は宮家を辞した。 このあと一週間ほどして、宮家の別当が来訪し、伯爵と長い用談をした。 その結果、正式に、宗秩寮へ御内意を伺う手続がとられることになり、その書類は聡子も内見した。 それは次のようである。 「治典王殿下、従二位勲三等伯爵綾倉伊文長女聡子ト御結婚ノ儀御相談被成度御内意伺方御奏上相成度此度奉願候也大正二年五月十二日洞院宮附別当山内三郎宮内大臣殿」三日後、宮内大臣から次のような通知があった。 「宮附事務官へ通知ノ件治典王殿下、従二位勲三等伯爵綾倉伊文長女聡子ト御結婚ノ儀御相談被成度御内意伺之趣被聞召届候此段申入候也大正二年五月十五日宮内大臣洞院宮附別当」こうして御内意伺済となったからには、いつでも勅許のお願いを上奏することができるのであった。 二十三清顕は学習院高等科の最上級生になった。 来年の秋は大学へ進むことになるので、入学試験の勉強を一年半も前からはじめる者もある。 本多にはそういう素振もないところが、清顕の気に入っていた。 乃木将軍の復活させた全寮制度は、建前としてはきびしく守られていたけれど、病弱の者には通学が許され、本多や清顕のように、家庭の方針で寮に入っていない学生は、それ相応のもっともらしい医者の診断書を持っていた。 この贋の病名は、本多は心臓弁膜症であり、清顕は慢性気管支カタルであった。 よく二人はお互いのいつわりの病気を冷やかし合い、本多は心臓病の息苦しさをまね、清顕は空咳をしてみせるのだった。 誰一人かれらの病名を信じている者もなく、二人はまことらしさを装う必要もなかったが、日露戦役生残りの下士官たちがいる監武課だけは例外で、そこではいつでも形式的に、意地わるく彼らを病人扱いにした。 教練の訓示の折などは、寮生活もできない病弱の徒が、一朝事あるときにどうしてお国の役に立とうか、などとあてこすりを言うのであった。 シャムの王子たちが寮に入られるというので、清顕は気の毒な思いがして、よくその部屋へ土産を持って訪ねて上げた。

§41

すっかり親身になっている王子たちは、こもごも愚痴をこぼされて、行動の不自由を愬えられた。 快活で冷酷な寮生たちは、必ずしも王子たちのよい友ではなかった。 本多は、久しく友を等閑にしておきながら、又、厚顔な小鳥のように舞い戻った清顕をさりげなく迎えた。 清顕は今まで本多を忘れていたということそのことを、忽ち忘れ去っているように見えた。 新学期に入って俄かに人が変り、何かうつろな陽気さ快活さを身につけた清顕を、本多は訝しく思ったけれども、もちろんそれについて何も尋ねず、清顕も何も語らなかった。 友にさえ心をひらかずに来たことが、今では清顕には、唯一の賢いやり方だったと思い做された。 おかげで、本多の目にも、自分が女に手玉にとられた愚かな子供と映る心配がなく、その安心が今本多の前にいるとき、こうも自分を自由に朗らかにさせる原因だとわかっていた。 そして又、本多にだけは幻滅を与えたくないというこの気持も、本多の前だけでは自由で解放された人間でありたいという気持も、清顕にとっては、ほかの無数の水くささを償って余りある、自分の最良の友情の証(あかし)のように思われるのであった。 清顕はむしろ自分の朗らかさに愕(おどろ)いていた。 その後父母は全く恬淡(てんたん)に、宮家と綾倉家のお話の進み具合を息子にも話してきかせ、あの勝気な娘が、お見合の席ではさすがに固くなって、ものも言えなかった、などという話を可笑しそうに伝えた。 もとより清顕にはそこに聡子の悲しみを読むいわれもなかった。 貧しい想像力の持主は、現実の事象から素直に自分の判断の糧(かて)を引出すものであるが、却って想像力のゆたかな人ほど、そこにたちまち想像の城を築いて立てこもり、窓という窓を閉めてしまうようになる傾きを、清顕も亦(また)持っていた。 「あとはもう勅許をいただけばよいわけですね」と言っている母の声が彼の耳に残った。 その勅許という言葉には、ひろい長い闇(やみ)の廊下のゆくてに扉があって、そこに小さいけれども堅固な黄金の錠前(じょうまえ)が、歯噛(はが)みをするように錠をみずから下ろす、その音を如実に聴くような響きがあった。 父母のそういう物語に接して平然としている自分を、清顕はむしろ惚(ほ)れ惚(ほ)れと眺めていた。 怒りにも悲しみにも不死身な自分を知って、頼もしく思った。 『僕は自分で思っていたよりも、ずっとずっと、傷つきにくい人間だったのだ』かつて彼は、父母の感情の木理(もくめ)の粗さに、疎遠なものを感じていたが、今は自分をまぎれもないその血筋の上に置くことに喜びを覚えた。 彼は傷つきやすい一族ではなく、人を傷つける一族に属していたのだ! 一日一日聡子の存在が自分から遠ざかり、やがて手も届かぬところへ去ってゆくという考えには、えもいわれぬ快感があった。 施餓鬼(せがき)の燈籠(とうろう)が水に灯影(ひかげ)を落して、夜の潮(しお)に乗って遠ざかるのを見送るように、できるだけ遠ざかることに祈念が籠められ、できるだけ遠ざかることに自分の力の確証が得られた。 今、彼の気持の証人は、しかしこの広い世の中に一人もなかった。 それが清顕に、自分の気持をいつわることを容易にさせた。 『若様のお気持はよくわかっております。 お委せ下さい』と不断に語っている、あの「腹心」どもの目も身辺から払い去られた。 蓼(たで)科(しな)という、あんな大嘘つきからのがれた喜びにもまして、彼は飯沼の、ほとんど肌をすりつけるまでに親密になった忠実さから、のがれ得たことを喜んだ。

§42

すべての煩わしさはここに熄(や)んだ。 父の情ぶかい放逐を、清顕は飯沼の自業自得と考えることによって、自分の冷たい心を庇(かば)い、しかも蓼科のおかげで、「このことはお父様には決して言わない」という自分の約(やく)をも破らずにすんだのが嬉しかった。 すべてはこの水晶のような、冷たい、透明な、稜角(りょうかく)のある心の功徳だった。 飯沼が家を出て行ったとき。 ……彼は清顕の部屋へ別れを告げに来て、泣いた。 清顕はその涙にさえ、さまざまな意味を読んだ。 飯沼が、ひたすら清顕に対する忠実だけを強調しているように思われて、不愉快だったのである。 飯沼はもとより、何も言わずに泣くだけであった。 何も言わぬことで、清顕に何かを通じさせようとしていた。 この七年間のつながりは、清顕にとっては、感情も記憶もあいまいな十二歳の春に発し、記憶の遡るかぎりそこには飯沼がいるように思われた。 ほとんど飯沼は清顕の少年期がかたわらに落した影、汚れた紺絣の濃紺の影だった。 彼のたえざる不満、たえざる怒り、たえざる否定は、それに対して清顕が無関心を装えば装うほど、清顕の心に重くのしかかっていた。 しかし一方では、飯沼の暗い鬱屈した目に秘められたそれらのおかげで、清顕自身は、少年期に免がれがたい不満や怒りや否定を免がれたのであった。 飯沼が求めるものはあくまで飯沼の裡にだけ燃えていて、彼が清顕にかくあれと望めば望むほど、清顕がますますそれから遠ざかったのは、むしろ自然な成行だったかもしれない。 飯沼を自分の腹心にしてしまい、彼とのしかかる力を無力にしてしまったとき、そのときすでに清顕は、今日の別離へ向って、精神的に一歩を踏み出していたのかもしれない。 この主従はお互いをこんな風に理解すべきではなかったのだ。 清顕はうなだれたまま立っている飯沼の紺絣の胸もとから、西日をうけて跳ね反っている乱雑な胸毛が仄見えるのを、鬱陶しい心地で眺めた。 彼の押しつけがましい忠実は、そういう厚い重い煩わしい肉に護られていた。 彼の肉体そのものが清顕に対する非難に充ち、その汚れた面皰の頬の凹凸の照りさえも、泥濘のつややかな照りのように、ふてぶてしい光輝を以て、彼を信じて共にこの家を出るみねの存在を語っていた。 何という非礼だろう! 若主人は女に裏切られてここに一人取り残され、書生は女を信じさせて意気揚々とここを出てゆくのだ。 しかも飯沼が、今日のこの別れを、全く彼自身の忠実の一直線上の出来事だと、信じて疑わない様子が清顕を苛立たせた。 しかし清顕は、貴族的な態度を持して、冷ややかな人情の発露を示した。 「それでお前は、ここを出て間もなく、みねと夫婦になるんだね」「はい、殿様のお言葉に甘えて、そうさせていただくつもりであります」「そのときは知らせておくれ。 僕からも祝い物を送るから」「ありがとうございます」「どこか身を落着けるところが決ったら、手紙で住所を知らせてくれれば、いつか僕も、邪魔をさせてもらうかもしれない」「もし若様がお遊びにおいで下されば、これ以上の喜びはありません。

§43

しかしどのみち、縁ない小さな住居でありましょうから、とてもお迎えすることはできないと思うのです」「そんなことは遠慮しなくていいよ」「はい。 そう仰言っていただくと……」と飯沼は又泣いた。 そして後ろから粗悪な塵返紙を出して涙をかんだ。 清顕の口を出る一語一語は、正にこういう場合ににはこう言うべきだと、彼が考えていたとおりに円滑に流れ出て、何ら感情の裏附のない言葉のほうが、人を一層感動させるという現場をありありと示した。 感情にだけ生きていた筈の清顕が、今や必要上、心の政治学を学んだが、それは又必要に応じて、彼自身にも適用されるべきものだった。 彼は感情の鎧を着、その鎧を磨き立てることを覚えたのである。 悩みもわずらいもなく、あらゆる不安から解き放たれて、この十九歳の少年は、自分を冷たい万能の人間だと感じていた。 何かがはっきりと終ったのだ。 飯沼が去ったあと、開け放たれた窓から、若葉に包まれた紅葉山が池に落す美しい影を眺めた。 その窓からよほど首をさしのべなければ、九段目の滝が滝壺に落ちるあたりが見えないほどに、窓辺の楓若葉の繁りは深くなっていた。 池も亦、岸ちかくのかなりな部分が薄緑の蓴菜の葉におおわれ、河骨の黄の花はまだ目につかないが、大広間の前の八ッ橋風の石橋のひまひまに、花菖蒲が紫や白の花ざかりを、その鋭い緑の剣のような葉の簇生から浮き上らせていた。 窓框にとまっていたのが、ゆっくりと室内へ這い上って来るように清顕は目をとめた。 緑と金に光る楕円の甲冑に、あざやかな紫紅の二条を走らせた玉虫は、触角をゆるゆると動かして、絹のような肢をすこしずつ前へ移し、その全身に凝らした沈静な美彩を、時間のとどめもない流れの裡に、清麗な光を放って保っていた。 た。 見ているうちに、清顕の心はその玉虫の中へ深くとらえられた。 虫がこうして燦然たる姿を、ほんのすこしずつ清顕のほうへ近づけてくる、その全く意味のない移行は、彼に、瞬間ごとに容赦なく現実の局面を変えてゆく時間というものを、どうやって美しく燦然とやりすごすかという訓えを垂れているように思われた。 彼自身の感情の鎧はどうだろうか? それはこの甲虫の鎧ほどに、自然の美麗な光彩を放って、しかも重々しく、あらゆる外界に抗うほどの力があるだろうか? 清顕はそのとき、ほとんど、周囲の木々の渡りも、青空も、雲も、様々の甍も、すべてのものがこの甲虫をめぐって仕え、玉虫が今、世界の中心、世界の核をなしているような感じを抱いた。 ――今年のお宮様のお祭の空気はどことなしにちがう。 第一に、このお祭というと、早くから掃除に精を出し、祭壇や椅子の手配も一人で引受ける飯沼が今年はいない。 その分だけの仕事が山田の肩にかかり、山田は今まで自分の職分ではなかった仕事、しかもずっと若輩が受持っていた仕事を、引継がされるのが面白くない。 第二に、聡子が招かれていない。 それはお祭に招かれている観附会の人たちの一人が欠けただけのことであり、まして聡子は本当の親戚ではないのであるが、ほかには聡子に代る美しい女客は一人もいない。 神もこういう変化を快く思召さなかったものらしく、今年は祭なかばに空が暗みわたり、雷鳴さえとどろいて、神主の祝詞をきいている女たちは、雨をおそれて静心なかったが、幸いに、緋の袴の巫女が一同の盃に神酒の酌をしてまわるころには、空も明るくなった。

§44

それと共に、かなりの日ざしが女たちのうつむいた衿元の、白い溜井のような濃い襟白粉の項を汗ばませた。 藤棚はそのときふかぶかと花房の影を落した。 後列のほうの参列者たちは、その影の余慶を受けた。 もし飯沼がここにいたとしたら、年ごとに先代への敬意も追悼も薄れてゆくお祭の空気を、さぞ腹立たしく思ったことであろう。 殊に明治大帝の崩御以来、明治の帷の奥深く追いやられて、先代はますます、今の世とは何の関わりもない遠々しい神になった。 参列者には、先代未亡人たる清顕の祖母をはじめ、年老いた人たちも何人かいたが、この人たちの哀悼の涙もとっくに乾いていた。 水々しい式のあいだの女たちの私語も年ごとに声高になり、侯爵も敢てそれを咎めなかった。 侯爵自身が、今は何となくこのお祭を重荷に感じ、それを少しでも気楽な、気ぶっせいでないものにしたいと望んでいたのである。 濃い化粧が一そう鮮やかに見せている琉球風の目鼻立ちの巫女の一人に、侯爵はずっと目をつけていて、式のあいだもその巫女の強い黒い瞳が、土器の神酒に影を宿すのにばかり気をとられていたが、式がおわると匆々、従弟の呑んべえの海軍中将のところへ行って、その巫女について何か際どい冗談を言ったらしく、中将はけたたましく笑って人の注意を惹いてしまった。 八字眉の悲しげな顔がこの式典によく似合うことを知っている侯爵夫人は、全く表情を動かさなかった。 清顕はといえば、私語を交わしたり、少しずつ慎しみを失いつつあったりするものの、五月末のこの藤波の影のまわりに集まる一家の女たち、婢の末までは名前をさえ知らない女たちの、何の表情も示さず、悲しみをさえ示さずに、ただ集められるままにこうして集まり、やがてまた散りぢりになる、そのふしぎな、重い澱んだ不知意に充ちて、そのくせ昼月のような呆けた白い顔をした女たちの、そこらに漂わす濃密な空気を鋭敏に感じとった。 それは明瞭に女たちの匂いであって、聡子もこれに属していた。 そしてそれは潔らかな白紙の襞をつけた、滑らかな強い緑の葉を重ねた榊の玉串を以てしても、到底祓いがたいものであった。 二十四喪失の安心が清顕を慰めていた。 彼の心はいつでもそういう働きをするのであったが、喪(うしな)うことの恐怖よりも、現実に喪ったと知るほうがよほどましなのだった。 彼は聡子を喪った。 それでよかった。 そのうちにさしもの怒りさえ鎮められてきた。 感情はみごとに節約され、あたかも火を点ぜられていたために、明るく賑やかである代りに、身は熱蝋(ねつろう)になって融かされていた蝋燭(ろうそく)が、火を吹き消されて、闇(やみ)の中に孤立している代りに、もう何ら身を蝕(むしば)む惧(おそ)れがなくなった状態と似ていた。 彼は孤独が休息だとはじめて知った。 季節は入梅(にゅうばい)へ向っていた。 恢復(かいふく)期の病人がおそるおそる不養生をするように、清顕はもはやそれによって心を動かされぬことを試すために、ことさら聡子の思い出にかかずろうた。 アルバムをとり出してむかしの写真を眺め、綾倉家の槐(えんじゅ)の樹の下で、いずれも胸からの白い前掛をかけて並んだ幼時の姿を見たが、すでに聡子よりも丈の高い幼ない自分に清顕は満足した。 藤原忠通(ただみち)の法性寺(ほっしょうじ)流に流れを発する古い和様の書を、能書の伯爵は熱心に教えてくれたが、あるとき習字に飽きた二人を興がらせようとして、巻物に小倉百人一首を一首ずつ交互に書かせてくれたのが残っている。 源重之(しげゆき)の「風をいたみ岩うつ波のおのれのみくだけて物を思ふころかな」という一首を清顕が書くと、そのかたわらに、大中臣能宣(おおなかとみのよしのぶ)の「みかきもり衛士(えじ)のたく火の夜はもえ昼は消えつつ物をこそ思へ」という一首を、聡子が書いている。

§45

一見して、いかにも清顕のは幼ない手だが、聡子の手はのびやかで巧緻(こうち)で、とても子供の筆とは思われない。 年長じてから清顕が、めったにこの巻物に指を触れないのは、そこに彼女の一歩先んじた成熟と自分の未成熟との、みじめなほどの隔たりを発見するからである。 しかし、今こうして虚心に眺めてみれば、自分の手も幼ないなりに、その金釘流(かなくぎりゅう)に男児らしい躍動があって、聡子のとめどなく流れるような優雅と、好個の対照をなしているのが感じられる。 そればかりではない。 こうして金砂子(きんすなご)に小松を配した美しい料紙の上に、おそれげもなく、墨をゆたかに含ませた筆の穂先を落したときのことを想起すると、それにつれて、一切の情景が切実に浮んだ。 聡子はそのころふさふさと長い黒いお河童(かっぱ)頭にしていた。 かがみ込んで巻物を書いているとき、熱心のあまり、肩から前へ雪崩(なだ)れ落ちる夥(おびただ)しい黒髪にもかまわず、その小さな細い指をしっかりと筆にからませていたが、その髪の割れ目からのぞかれる、愛らしい一心不乱の横顔、下唇をむざんに噛みしめた小さく光る恰好な前歯、幼女ながらにすでにくっきりと通った鼻筋などを、清顕は飽かず眺めていたものだ。 それから憂わしい暗い墨の匂い、紙を走る筆がかすれるときの笹の葉裏を通う風のようなその音、硯(すずり)の海と岡というふしぎな名称、波一つ立たないその汀(みぎわ)から急速に深まる海底は見えず、黒く澱(よど)んで、墨の金箔(きんぱく)が剥(は)がれて散らばったのが、月影の散光のように見える永遠の夜の海……。 『このとおり、僕は無邪気に昔をなつかしむことさえできる』と清顕は誇らしげに考えた。 夢にさえ聡子は現われなかった。 何か聡子らしい影が射すと思うと、夢の中の女は、たちまち背を反して去った。 そしてひろい白昼の靄のようなところがしばしば夢に現われ、そこには人影一つ見られなかった。 ――学校で清顕は、パッタナディド殿下から頼まれ事をした。 預けてある指環を持ってきてほしいというのである。 シャムの両殿下の学校における評判は、それほど良いとは云われない。 何と云っても日本語がまだ不自由で、学習に差支えることは致し方がないが、友達の友好的な冗談が一切通じないので、じれったがられ、果ては敬して遠ざけられる。 両王子のいつも絶やさぬ微笑も、粗暴な学生たちには、ただ得体の知れぬものに思われた。 両王子を寮に入れたのは外務大臣の考えだということだが、舎監はこの賓客の扱いに心を痛めているという噂を清顕はきいた。 准宮様扱いで特別な部屋も差上げ、ベッドも上等のものを入れ、つとめて寮生たちと仲好く交驩されるように、舎監は力をつくしているのだが、日を経るにつれ、王子たちは二人だけの城に閉じこもり、朝礼や体操にも出て来られぬことが多く、これがいよいよ寮生との疎隔を深めた。 こうなるにはいろいろな原因がからみ合っていた。 来日後半歳に充たぬ準備期間は、王子たちを日本語の授業に馴染ませるには不足であったし、又その準備期間のあいだ、王子たちはそれほど勉学にいそしまれたわけではなかった。 もっとも生彩を放つ筈の英語の時間にも、英文和訳も和文英訳もただ王子たちをまごつかせるだけであった。 さて、パッタナディド殿下から松枝侯爵が預った指環は、五井銀行の侯爵の私用の金庫に納められていたので、清顕はわざわざ父の印を借りて、これを出しに行かなければならなかった。 夕景に又学校へ戻り、寮の王子の部屋を訪ねた。 この日は空梅雨の空を思わせるむしあつい陰鬱な一日で、王子たちがあれほど望んでいる輝やかしい夏は、もうすぐそこに見えているようでいて手が届かず、あたかも王子たちの焦躁を描いてみせたような物憂い日だった。

§46

寮の粗末な木造の平家は、木下闇に深く埋もれていた。 運動場のほうでは、ラグビーの練習の喚声がまだひびいていた。 あの若い咽喉から放たれる理想主義的な叫び声が清顕はきらいだった。 粗暴な友情、新らしい人間主義、とめどもない洒落や地口、ロダンの天才やセザンヌの完璧に対するあくことない礼讃、……それはただ、古い剣道の叫び声に対応する、新らしいスポーツの叫び声にすぎなかった。 かれらの咽喉はいつも充血して、若さには青桐の葉の匂いがして、唯我独尊の見えない鳥帽子をたかだかとかぶっていた。 こういう新旧二つの潮流にはさまれて、言葉も不自由な二人の王子が、どんなにままならぬ日々を送っておられるかと思うと、一つの物思いから自由になって、心の寛くなった清顕は同情を禁じえなかった。 そして特別上等の部屋とは言い条、粗末な暗い廊下の奥に王子二人の名札がかけてある古びたドアの前に立止ると、清顕は軽く叩いた。 出迎えた王子たちは、彼に取繕らんばかりの風情を見せた。 お二人のなかでは、人柄に生真面目で夢みがちなところのあるパッタナディド殿下、すなわちジャオ・ピーのほうが清顕は好きだったが、このごろではあの軽薄で騒がしかったクリッサダ殿下さえ沈みかちになり、いつも二人で部屋にこもって、母国語でひそひそ話をされていることが多かった。 部屋はベッドと机、洋服箪笥のほかには、飾りらしい飾りもなかった。 建物自体に乃木将軍の兵営の趣味が溢れていた。 腰板の上はただの白壁で、その白壁の上の小さな棚に、王子が朝夕拝するのであろう金色の釈迦像が、安置されているのだけが異彩を放っていたが、窓の両脇には雨じみのついた金巾の帷が絞られていた。 王子二人の目立って日灼けの濃い顔は、夕闇のなかでは微笑んでいる白い歯だけが際立った。 お二人はベッドの端に清顕を迎え入れ、早速指環の催促をされた。 金の護門神ヤスカの、一双の半獣の顔に守られた濃緑のエメラルドの指環は、いかにもこの部屋に不似合な光輝を放った。 ジャオ・ピーは喜びの声をあげて指環をうけとると、すぐそのしなやかな浅黒い指にはめてみた。 愛撫のために創られたような、繊細でいていかにもこまやかな弾力に充ちあふれた、丁度戸の細い隙間から寄木の床深く爪をさし入れて来る一条の熱帯の月光のようなその指に。 「これでやっと月光姫が僕の指に戻った」とジャオ・ピーは憂わしげな吐息を洩らした。 クリッサダ殿下は以前のようにそれをからかうではなく、洋服箪笥の抽斗をあけ、何枚ものシャツのあいだに念入りに隠した自分の妹の写真をとり出してきた。 「この学校では、自分の妹の写真だと云っても、机の上に飾ったりしては、笑われてしまう。 それで僕らは、ジン・ジャンの写真をこうして大事に隠しているのです」とクリッサダ殿下は泣きそうな声で言った。 やがてジャオ・ピーの打明けたところでは、月光姫の便りが途絶えてすでに二ヶ月になり、公使館にも問合せてみたけれども、一切が不明であって、兄王子クリッサダのところへさえ妹姫の安否が告げられて来なかった。 もしその身に病気などの変事が起っていれば、電報なりで知らせてくるのは当然であるから、兄にさえ隠されている変化といえば、ジャオ・ピーには耐えがたい想像であるが、シャム宮廷で何らかの政略結婚が急がれていることしかない。 それを思うとジャオ・ピーの心は鬱して、明日は便りがあるか、あるとしてもどんな不吉な便りが来るか、と考えるだけで勉強は手につかなくなった。 こんな際の心の拠りどころとして、王子が思いつかれたのは、ただ一つ、姫の餞別の指環を取り戻して、その密林の朝の色をした濃緑のエメラルドに、自分の思いをひたすら籠めることだけであった。

§47

ジャオ・ピーは今は清顕の存在をも忘れたかのように、机上に置いた月光姫の写真のかたわらへ、エメラルドをはめた指をさしのべて、時空を隔てたその二つの実在が一つに凝結する瞬間を、招き寄せようとしているかの如く見えた。 クリッサダ殿下が天井の灯りをつけた。 するとジャオ・ピーの指のエメラルドは、写真の額の硝子に反射して、丁度姫の白いレエスの服の左の胸のところに、暗い四角い緑の形に鏤められた。 「どうです。 こうして見ると」とジャオ・ピーは、夢見るような口調で英語で言った。 「彼女はまるで緑いろの火の心臓を持っているようじゃありませんか。 密林の枝から枝へ、木の蔓そのままの姿で伝わる細い緑蛇は、こんな冷たい緑の、どくこまかい亀裂の入った心臓を持っているのかもしれませんね。 彼女はいつか僕がこうして、彼女のやさしい餞別からこんな寓喩を読みとることを、期待していたのかもしれない」「そんなことはありませんよ、ジャオ・ピー」とクリッサダ殿下が鋭く遮った。 「怒るなよ、クリ。 僕は決して君の妹を侮辱する気持はないのだから。 僕はただ恋人というものの存在の不思議を言っているのだ。 彼女の姿絵は、写されたときの彼女の形をしかとどめないのに、餞別の宝石は、現在只今の彼女の心を忠実に映し出すような気がするじゃないか? 僕の思い出のなかで、写真と宝石、彼女の姿と心とは、わかれわかれになっていたが、今またこうして一つものになったのだ。 われわれは恋しい人を目の前にしていてさえ、その姿形と心とをばらばらに考えるほど愚かなのだから、今僕は彼女の実在と離れていても、逢っているときよりも却って一つの結晶を成した月光姫を見ているのかもしれないのだ。 別れていることが苦痛なら、逢っていることも苦痛でありうるし、逢っていることが歓びならば、別れていることも歓びであってならぬという道理はない。 そうでしょう? 松枝君。 僕は、恋するということが時間と空間を魔術のようにくぐり抜ける秘密がどこにあるか探ってみたいんです。 その人を前にしてさえ、その人の実在を恋しているとは限らないのですから、しかも、その人の美しい姿形は、実在の不可欠の形式のように思われるのですから、時間と空間を隔てれば、二重に惑わされることにもなりうる代りに、二倍も実在に近づくことにもなりうる。 ……」王子の哲学的な思弁は、どこまで深まるともわからなかったが、清顕はなおざりには聴けなかった。 王子の言葉からいろいろと思い当るふしがある。 自分は今、聡子に対して「二倍も実在に近づいた」と信じているのだが、そして自分が恋したものは彼女の実在ではなかったと確実に知ったのだが、それに何の証拠があろうか? ややもすれば、自分はただ「二重に惑わされて」いるのではなかろうか? そして自分が恋しているのは果して彼女の実在で……。 清顕はかすかに、半ば無意識に首を振った。

§48

ゆくりなくも又、いつぞやの夢に、ジャオ・ピーの指環のエメラルドの中から、ふしぎな美しい女の顔があらわれたのを思い出した。 あの女は誰だったのだろう。 聡子か? まだ見ぬ月光姫か? あるいはまた……。 「それにしても、いつになったら夏が来るのだろう」とクリッサダ殿下は、窓外の繁みに包まれた夜を、心もとなげに眺めやった。 繁みの彼方にちらつく学生寮の棟々の灯があって、何となくあたりがざわめいてきているのは、寮の食堂が夕食のためにひらく時刻らしかった。 繁みの間の小径をゆく学生の、詩を吟ずる声もきこえた。 そのぞんざいな、不まじめな吟詠の調子に、他の学生の笑う声がきこえた。 王子たちは夜闇と共にあらわれる魑魅魍魎をおそれるように眉をひそめた。 ……――清顕がこうして、指環をお返ししたことは、やがて面白くない事件を惹き起すもとになった。 数日後、蓼科から電話がかかった。 婢が取次いで来たが、清顕は出なかった。 又あくる日かかった。 清顕は出なかった。 このことはほんのすこし心にかかっていたが、その心に一つの規制が布かれて、聡子とのことはともかく、蓼科の非礼に対する怒りにだけ滞った。 あの嘘つきの老婆が、又しても臆面もなく欺しにかかって来たと思うと、彼はその怒りにだけ集中して、自分が電話へ出なかったことから来る些少の不安を、みごとに始末してしまった。 三日たった。 梅雨に入って、終日降りつづけていた。 学校からかえってくると、山田が恭しく盆に載せて手紙を届けて来たが、封筒の裏を見た清顕は、そこに蓼科の名が麗々しく誌されているのを認めておどろいた。 封は念入りに糊づけされ、かなり嵩ばった二重封筒の中には、さらに封書が入っているのが手ざわりでわかった。 一人になると、開封しそうな気持になるまでもないことを惧れた清顕は、わざわざ山田の目の前で、厚い手紙を千々に引き破いてみせて、それを捨てるように命じた。 自分の部屋の屑籠に捨てては、又その破った紙片を拾い集めたくなるのを惧れたのである。 山田は眼鏡の奥で目をおどろきにひきつらせていたが、何も言わなかった。 さらに数日たった。

§49

その間、破いた手紙のことが日ましに心に重く懸ってくるのに、清顕は腹を立てた。 もはや自分と何の関わりもない筈の手紙によって心が擾された腹立ちだけならまだしも、あのとき思い切って手紙を開封しなかったことへの後悔が、それにまじっているのに気づくのは耐えがたかった。 あのとき手紙を破り捨てたのは、たしかに強い意志の力であった筈なのに、時を経るにつれて、ただ臆病のためではなかったかと思い返された。 目立たない白い二重封筒の手紙を破いたとき、あたかもその中に、しなやかで靭い麻糸でも漉き込んであるかのように、彼の指は執拗な抵抗を感じた。 あれは麻糸が漉き込んであったわけではない。 ことさら強い意志力を振い起さなくては、手紙を破くことができないものが彼の裡にひそんでいたのだ。 何の恐怖だったろう。 彼はもう二度と聡子に煩わされるのは御免だった。 彼女の香気の高い不安の霧で、自分の生活を包まれるのはいやだった。 やっと明晰な自分を取戻すことができたというのに。 ……それはともあれ、あの部厚い手紙を破いたとき、彼はあたかも聡子の白く爛んだ肌を引き裂いているような思いがした。 梅雨の晴れ間の大そう暑い土曜日の午さがりに、清顕が学校からかえってくると、母屋の玄関前にざわめきがあって、家の馬車が出発の仕度をし、召使たちが紫の袱紗をかけた嵩高の贈り物らしいものを馬車の中へ運び入れていた。 馬はそのたびに耳を動かし、汚れた臼歯から光る涎を垂らしていたが、強い日光が、油でも塗ったように見せているその青毛の首の、緻密な毛の下の静脈の起伏を浮彫りにしていた。 玄関を入ろうとした清顕は、丁度三枚重ねの紋付の礼服で出てくる母に、出会頭に、「只今」と言った。 「おや、おかえりなさい。 私はこれから綾倉さんへお祝いを申上げに行って来ます」「何のお祝いですか」母は召使たちに、重要な事柄をきかれるのをいつも嫌ったので、清顕をひろい玄関の傘立てのある暗い片隅へ引張って、声をひそめてこう言った。 「今朝、いよいよ勅許が下りたのよ。 お前も一緒にお祝いに行きますか」侯爵夫人は、息子が行くとも行かぬとも答えぬ前に、その言葉をうけた息子の目に、暗い歓びの一閃がよぎるのを見た。 この意味を探る暇もないほど、しかし夫人は急いでいた。 そして踵をまたいでから又振向いて、悲しげな眉のまま言った言葉は、彼女が要するにこの瞬間から、何一つ学ばなかったことを語っていた。 「お慶び事はお慶び事だよ。 いくら仲たがいをしていても、こういうときは素直に祝ってあげたらいいのよ」「よろしくどうぞ。 僕はまいりません」清顕は玄関前で母の馬車を見送った。 馬の蹄は玉砂利を雨のような音を立てて蹴散らし、松枝家の金の紋章は馬車廻しの五葉の松の樹間に、活潑に揺れかがやいて遠ざかった。 主人が出かけたあとの、召使たちの肩のゆるみが、清顕の背後に、一せいに、音のない雪崩のように大仰に感じられた。

§50

彼は主人のいないがらんとした邸を振返った。 召使たちは、目を伏せて、彼が家へ上るのをじっと待っていた。 清顕はこの大きな空虚を、今即刻充たすことのできる大きな物思いのたねを、自分が今確実に手に入れたことを感じていた。 召使たちの顔をも見ずに、大股に家へ上って、一刻も早く自分の部屋にとじこもるために廊下をいそいだ。 そうしているあいだも、心は灼熱して、ふしぎな高い胸の鼓動と共に、「勅許」という一つの貴い輝やかしい文字を見つめていた。 ついに勅許が下りた。 蓼科の頻繁な電話と厚い手紙は、勅許の下りる前の最後のあがきのようなもの、その前に清顕の寛恕をねがい、心の負い目を返してしまいたいという焦躁のあらわれだったにちがいない。 まる一日を、清顕は飛翔する想像力に身を委ねてすごした。 外界は何一つ目に入らず、今までの静かな明晰の鏡は粉々に砕け、心は熱風に吹き乱されてざわめきつづけた。 これまでの彼の些少の熱情に、必ず伴なわれた憂鬱の影は、この激しい熱情の中には片鱗もなかった。 これに似た感情といえば、まず一番似通っているものとして、歓喜しか思い当らない。 しかし理由のないこんな激烈な歓喜ほど、人間の感情のなかで不気味なものはなかろう。 何が清顕に歓喜をもたらしたかと云えば、それは不可能という観念だった。 絶対の不可能。 聡子と自分との間の糸は、琴の糸が鋭い刃物で断たれたように、この勅許というきらめく刃で、断弦の迸る叫びと共に切られてしまった。 彼が少年時代から久しい間、優柔不断のくりかえしのうちにひそかに夢み、ひそかに待ち望んでいた事態はこれだったのだ。 御裾持のときに仰ぎ見た、白い根雪のような妃殿下のおん項の、屹立し拒否している無類のお美しさは、彼のこのような夢に源し、彼のこのような望みの成就を、預言していたのにちがいない。 絶対の不可能。 これこそ清顕自身が、その屈折をきわめた感情にひたすら忠実であることによって、自ら招き寄せた事態だった。 しかし、この歓喜は何事なのだ。 彼はこの歓びの、暗い、危険な、おそろしい姿から目を離すことができなかった。 自分にとってただ一つ真実だと思われるもの、方向もなければ帰結もない「感情」のためだけに生きること、……そのような生き方が、ついに彼をこの歓喜の暗い渦巻く淵の前へ導いたのであれば、あとは淵へ身を投げることしか残されていない筈だ。 彼は再び幼ない聡子と互みに書いた手習いの百人一首をとりだして眺め、十四年前の聡子の焚きしめた香の薫りがまだ残ってはいないかと考えて、その巻紙に鼻を寄せた。 するとその薫の匂いともつかぬ遠々しい香りから、一つの痛切な、世にも無力で同時に不遜な、彼の感情のふるさとが蘇った。 双六盤で勝っていただいた、皇后御下賜の打物の菓子の、あの小さい歯でかじるそばから紅の色を増して融ける菊の花びら、それから白菊の冷たくみえる彫刻的な稜角が、舌の触れるところから甘い泥濘のようになって崩れる味わい、……あの暗い部屋々々、京都から持って来た御所風の秋草の衝立、あのしめやかな夜、聡子の黒い髪のかげの小さな欠伸、……すべてに漂う淋しい優雅をありありと思い起した。

§51

そして清顕は、それへ目を向けるのも憚られる一つの観念へ、少しずつ身をすりよせてゆく自分を感じた。 二十五……高い嘶吼の響きのようなものが、清顕の心に湧きのぼった。 『僕は聡子に恋している』いかなる見地からしても寸分も疑わしいところのないこんな感情を、彼が持ったのは生れてはじめてだった。 『優雅というものは禁を犯すものだ、それも至高の禁を』と彼は考えた。 この観念がはじめて彼に、久しい間堰き止められていた真の肉感を教えた。 思えば彼の、ただたゆたうばかりの肉感は、こんな強い観念の支柱をひそかに求めつづけていたのにちがいない。 彼が本当に自分にふさわしい役割を見つけ出すには、何と手間がかかったことだろう。 『今こそ僕は聡子に恋している』この感情の正しさと確実さを証明するには、ただそれが絶対不可能なものになったというだけで十分だった。 彼は落着きなく椅子から立ち上り、又坐った。 いつも不安と憂鬱にあふれているように感じていたわが身が、今は若さにみちみちて感じられた。 あれはすべて錯覚だったのだ、自分が悲しみと鋭敏さに打ちひしがれていると思っていたのは。 窓をあけ放ち、日のかがやく池を眺め、深呼吸をして、すぐ鼻先に迫る欅若葉の匂いを吸い込んだ。 紅葉山のかたえにわだかまる雲の形には、すでに夏の雲らしい光りを含んだ量感があった。 清顕の頬は燃え、目は輝いていた。 彼は新たな人間になった。 何はともあれ、彼は十九歳だった。 二十六……彼は情熱の夢想に時をすごし、ひたすら母のかえりを待った。 母が綾倉家にいては具合がわるいのだ。 とうとう母の帰宅が待ちきれなくなった彼は、制服を脱ぎ、薩摩絣(かすり)の袷(あわせ)に袴(はかま)をつけた。 召使を呼んで俥(くるま)の仕度をさせた。 青山六丁目でわざと俥を乗り捨て、開通したばかりの六丁目・六本木間の市電に乗り、終点で降りた。 鳥居坂へ曲る角に六本木の名残の三本の大欅(おおけやき)があり、その樹下に、市電開通後も昔にかわらぬ「人力車駐車(ちゅうしゃ)場」と大書した看板があり、棒杭(ぼうぐい)が立ち、饅頭笠(まんじゅうがさ)に紺(こん)の法(はっ)被(ぴ)と股引(ももひき)の、車夫たちが客を待っていた。 彼はその一人を呼んで法外な心付(こころづけ)を先に与え、ここからは目と鼻のところにある綾倉家へ急がせた。 綾倉家の長屋門へは、松枝家のイギリス製の馬車は入れない。 従って門前に馬車が待ち、門が左右に開け放たれていれば、母がまだいる証拠である。

§52

もし馬車もなく、門も閉ざされていれば、母はすでに辞去したるしるしである。 俥がその前をとおりすぎた門はひたと閉ざされ、門前の馬車の轍(わだち)は、ゆきとかえりの四条があった。 清顕は鳥居坂際まで俥を戻し、自分は俥にのこって、車夫に蓼科(たでしな)を呼びにやらせた。 俥は待つ間のかくれ家に役立った。 蓼科が出てくるのは遅かった。 清顕は幌(ほろ)の隙間(すきま)から、少しずつ傾いてくる夏の日(ひ)が豊かな果汁(かじゅう)のように、若葉の木々の梢(こずえ)を明るくひたすのを見た。 又、鳥居坂際の高い素壁(そかべ)の瓦(かわら)の鬢(びん)を掠(かす)んで出て、巨大な橡(とち)の若葉の樹冠(じゅかん)が、白い鳥の巣になったかのように、怪(あや)の紅(べに)い暈(かさ)のあるおびただしい白い花を戴(いただ)いているのを見た。 彼は雪の朝の眺めを心に呼び戻し、言いがたい感動に搏(う)たれた。 しかし今ここで押して聡子に会おうとするのは得策ではなかった。 はっきりした情熱を持ったので、もう感情の動くままに動く必要がなくなったのである。 車夫を従えて通用門から出てきた蓼科は、幌を掲げた清顕の顔を見るなり、茫然(ぼうぜん)として立ちすくんだ。 清顕は蓼科の手を引いて、むりじいに俥に乗せた。 「話があるんだ。 どこか人目に立たないところへ行こう」「そう仰言(おっしゃ)いましても、……そんな藪(やぶ)から棒の仰せでは……、松枝様の奥方様も今しがた御帰りあそばしたところでございますし、……それに今夜は御内々(ごないない)のお祝いの仕度で、私も忙しくしておりますから」「いいから早く車夫にそう言いなさい」清顕が手を離さないので、蓼科はやむなく言った。 「霞町(かすみちょう)のほうへ行って下さい。 霞町三番地のあたりから、三聯隊(さんれんたい)の正門のほうへ廻って下りてゆく坂道があります。 その坂を下りたところですから」俥は走り出し、蓼科は神経質におくれ毛をかいつくろいながら、じっと前方を見つめつづけていた。 この白粉の濃い老婆とこれほど体を接しているのははじめてで、厭わしく感じられたが、これほど小さな、侏儒のように小さな女だと感じたのもはじめてだった。 蓼科は俥の揺れに、波立ってくる不分明な呟きを、何度かくりかえした。 「もう、遅うございます。 ……何もかも遅うございます。 ……」あるいは又、「何だって御返事の一言ぐらい……こうなる前に、何だって……」清顕は黙って答えなかったので、やがて蓼科は目的地へ着く前に、そこの話をした。 「私の遠縁の者が、そこで軍人相手の下宿屋をしているのでございます。 穢ないところでございますが、いつでも離れが空いておりますから、そこでなら心おきなくお話を伺えると存じまして」明日の日曜には六本木界隈は一変して賑やかな兵隊の町になり、面会人の家族と打ち連れて歩くカーキ色の軍服に埋まるのであるが、土曜のまだ日のあるうちはそんなこともない。 俥がめぐる道を目をつぶって辿ってみると、たしかにあの雪の朝、ことも通りあそこも通ったという感じがする。

§53

この坂も下りたと思うところで、蓼科は俥を止めた。 門も玄関もない、そのくせかなりな広さの庭に板塀をめぐらした坂下の家の、母屋の総二階が目の前にあった。 蓼科は塀外からその二階をちょっと窺った。 粗末な建物で、二階は留守と見えて、縁広いの硝子戸をみな閉めている。 六枚つづきの腰附硝子戸の亀の子格子の、硝子は悉く素透しなのに、中は見えず、粗悪な硝子いちめんに夕空が歪んで映っている。 向いの家の屋根で働く屋根職人の姿が、水の中の人影のようにいびつに映る。 夕空も、夕べの湖のおもてのように、憂いを帯びて、歪んで、潤んで映っている。 「兵隊さんがかえっていると何かとうるそうございます。 もっともここをお貸ししているのは、将校だけでございますけれど」と蓼科は言いながら、鬼子母講の札をわきに貼りつけた水腰九本立のこまかい格子戸をあけて、案内を乞うた。 初老の白髪の背の高い男が現われて、「ああ、蓼科さんか。 お上んなさい」と、少し軋んだような声で言う。 「お離れのほう、よろしいでしょうか」「はい、はい」三人は裏の廊下をとおって四畳半の離れへ入った。 坐るなり、蓼科は、「すぐお暇しなくちゃならないんですから。 それにこんなきれいな若様と御一緒じゃ、何を言われるかわかりませんし」と急に言葉も崩れて、親密になって、老主人へとも清顕へともつかずに言った。 部屋は真逆に綺麗に片づいていて、半畳の踏込床に茶掛の半折を掛けたり、源氏襖があったりする。 外部からの軍人御下宿の安普請の印象とはちがうのである。 「何の仰せでございます」と、主人が去ると蓼科はすぐに言った。 清顕が黙っているので、苛立ちを隠さずに、重ねて訊いた。 「何の御用でございます。 又、選りに選って今日という日に」「今日という日だから来たんだ。 君の手引で聡子さんに逢わせてほしいんだ」「何を仰言います、若様。 もう遅うございます。 ……本当に今ごろになって、何を仰言います。 今日を限り、もう何もかも、お上次第になる他はございません。 なればこそ、あんなにしげしげとお電話も申上げ、お便りも致しましたのに、そのときは一切御返事も遊ばさず、今日という日になって、一体何を仰言います。

§54

御冗談もほどほどに遊ばしませ」「それもみんなお前から出たことだ」と清顕は、蓼科の濃い白粉に包まれた静脈が撫走っている顳顬を、せいぜい威厳を示して言った。 雪清顕は、蓼科があんなにも白々しい嘘をついて実は清顕の手紙を聡子に読ませていなかったこと、又、余計な告げ口をして清顕の腹心の菌諚を失わせたことを責め立てて、とうとう蓼科は、涙がはしれないけれど、涙を流して手を突いて詫びた。 懐紙を出して拭う目のまわりの白粉が剥げ、そこから老いのあらわになった、しかし却って艶な、口紅を拭いたあとの皺だらけの桜紙のような、紅くこすれた高頬の皺がのぞき、蓼科は泣き腫らした目を宙に向けたまま、こう言った。 「本当に私が悪うございました。 何とお詫び申上げても、追いつかないことはよく存じております。 でもこのお詫びは若様へ申上げるよりも、お姫様へ申上げるべきでございましょう。 若様へお姫様のお気持がありのままに届かなんだことは、この蓼科の浅慮でございます。 よかれと思ってお計らいしたことが、みんな裏目に出てしまったのでございます。 ても御覧あそばせ。 若様のお手紙をお読み遊ばしたお姫様が、どんなにお悩み遊ばしたか。 しかも若様の御前では、露ほどもお顔にお出しにならぬようになさいました。 お力め遊ばしたか。 私の人知恵で、新年の御観蔵会で、思い切って殿様に直々お尋ねの上、どんなに御安心遊ばしたか。 それからというものは、ただお一人でお悩みになりお考えになり、とうとう思い切って、雪の朝、女子のほうからお誘い申上げるような面映ゆいことまで遊ばしながら、しばらくは世にもお仕合せな御様子で、夢の間にも若様の御名を呼び遊ばす。 それが、侯爵様のお計らいで、宮家の御縁談が持ち込まれたとわかったとき、ただ若様の御決断をお心あてに遊ばして、そればかりにすべてを賭けておいでになったのでございます。 いでになったのに、若様は黙ってお見すごし遊ばした。 それからのお姫様のお悩み、お苦しみは、とても口にも言葉にも尽せるものではございません。 もう勅許も近々に下りようというとき、最後の望みを若様のお耳に入れたいと仰言るので、どうお引止めしてもお聴き届けにならず、私名義の先達てのお手紙をお書きになった。 その最後の望みも絶えて、今日からはすべてを思い諦めようと思召しておいでの折も折、こんな仰せは本当に情のうございます。 若様も御存知のとおり、お姫様は御幼少のころから、ひたすら御上を大切に存じまいらせる御教育をお受けでございますし、この期に及んで、御心が動くとも存ぜられません。 ……もう何もかも遅うございます。 御腹立ちが癒えませんなら、この蓼科をお打ち遊ばすなり、足蹴に遊ばすなり、何なりとお心の済むように遊ばして下さいまし。 ……もう、どう致すこともできません。 遅うございます』この物語をきいているうちに、清顕の心は鋭い刃のような喜びに引裂かれたが、同時に、そこには一つも未知の要素がなくて、すべて自分が心の底では明瞭にしみわたるほど知り尽していたことが、改めて語られているような気もしていた。 それまで思ってもいなかった犀利な知恵が生れてきて、彼はこの周到に詰め寄せられた世界を打開する力が、自分にそなわっているのを感じた。

§55

彼の若い目はかがやいた。 『前には破いてくれとたのんだ手紙を読まれてしまったのだから、今度は逆に、そうだ、あの粉々に引き裂いた手紙を活かせばいいのだ』清顕は黙って、じっと、小さな白粉だらけの老婆を見据えた。 蓼科はまだ懐紙を赤らんだ目頭にあてていた。 薄暮の迫っている室内で、その窄めた肩は、鷲づかみにすればたちまち骨の空鳴りを残して、砕けでもしそうにはかなく見えた。 「まだ遅くはないよ」「いいえ、遅うございます」「遅くはない。 もし僕が聡子さんのあの最後の手紙を、宮家へお目にかければどうなると思う。 かりにも勅許のお願いが出たあとで書かれた手紙だ」この言葉に上げた蓼科の顔からは、みるみる血の気が引いた。 それから永い沈黙があった。 窓に光りが落ちたのは、母屋の二階へ下宿人が帰って、灯火をつけたのである。 カーキ色の軍袴の端がちらりと見えた。 塀外に豆腐屋の喇叭の音が流れ、梅雨の合い間の夏の、フランネルのようなぬるい肌ざわりの黄昏がひろがっていた。 蓼科は何か事か繰り言を呟いていた。 だからお止めしたのに、だからあんなにお止めなさいと申上げたのに、と言っているように、それがきこえた。 聡子に手紙を書くな、と忠告したことを言っているのであろう。 清顕はいつまでも黙っていることに、だんだん手ごたえのまさる勝算があった。 見えない獣がそこに徐々に頭をもたげて来るようだった。 「よろしゅうございます」と蓼科は言った。 「一度だけお会わせいたしましょう。 その代り、お手紙は返していただけますでございましょうね」「いいよ。 しかしただ会わせるだけでは足りない。 お前は遠慮して、本当に二人きりにしてくれなければいけない。 手紙はそのあとで返す」と清顕は言った。 二十七――三日たった。 雨がふりつづいていた。 清顕は学校のかえりに、制服をレインコートに隠して、霞町の下宿へ行った。

§56

伯爵夫妻が留守の間に、聡子が出られるのは今しかない、というしらせが来たのである。 離れへ通っても、制服を見られるのを憚ってレインコートを脱がない清顕に、老主人は茶をすすめながらこう言った。 「ここへおいでになったら、御心安くなさいませ。 私共のような世を捨てた人間に、お気兼ねなさることは何もございません。 ではどうぞ御ゆるりと」主人が退る。 見ると、この問屋の二階を仰いだ窓には、目かくしの簾がかかっている。 縋り込まぬように窓を閉て切っているので、大そう蒸暑い。 所在なさに、小机の上の手筥をあけてみると、蓋の内側の朱い漆がしっとりと汗をかいている。 ――聡子が来た気配は、源氏襖のむこうの衣摺れの音や、ひそひそ声の聴きとれぬ会話で知られた。 その襖があき、蓼科が三つ指をついてお辞儀をしていた。 ちらとあげた白っぽい目が、聡子を無言で送り込んで素ばやく閉めかかる襖の端の、湿った昼の闇に、烏賊のようにひらめいて消えた。 聡子は今正しく、清顕の目の前に坐っていた。 うなだれて、手巾で顔をおおっている。 片手を畳について、身をひねっているので、そのうなだれた襟足の白さが、山巓の小さな湖のように浮んでいる。 屋根を打つ雨の音に直に身を包まれる心地がしながら、清顕は黙って対座している。 この時がとうとう来たことが、彼にはほとんど信じられなかった。 聡子が一言も言葉を発することができないこんな状況へ、彼女を追いつめたのは清顕だったのだ。 年上らしい訓戒めいた言葉を洩らすゆとりもなく、ただ無言で泣いているほかはない今の聡子ほど、彼にとって望ましい姿の聡子はなかった。 しかもそれは襲の色目に云う白藤の着物を着た豪奢な狩の獲物であるばかりではなく、禁忌としての、絶対の不可能としての、絶対の拒否としての、無双の美しさを湛えていた。 聡子は正にこうあらねばならなかった! そしてこのような形を、たえず裏切りつづけて彼をおびやかして来たのは、聡子自身だったのだ。 見るがいい。 彼女はなろうと思えばこれほど神聖な、美しい禁忌になれるというのに、自ら好んで、いつも相手をいたわりながら軽んずる、いつわりの姉の役を演じつづけていたのだ。 清顕が遊び女の快楽の手ほどきを頑なににしりぞけたのは、以前からそんな聡子のうちに、丁度繭を透かして仄青い蛹の成育を見戍るように、彼女の存在のもっとも神聖な核を、透視し、かつ、予感していたからにちがいない。 それとこそ清顕の純潔は結びつかねばならず、その時こそ、彼のめばめく悲しみに閉ざされた世界も破れ、誰も見たことのないような完全無欠な咆哮が漲る筈だった。

§57

彼は幼ないころ、級倉伯爵によって自分のなかにほぐくまれた優雅が、今や、世にもなよやかで同時に兇暴な、一本の絹紐になって、彼自身の純潔を絞り殺すのを感じていた。 彼の純潔と、同時に、聡子の神聖を。 これこそは久しく用途の明らかでなかったこの艶やかな絹紐の、本当の使い方なのであった。 彼はまぎれもなく恋していた。 だから膝を進めて聡子の肩へ手をかけた。 その肩は頑なに拒んだ。 この拒絶の手ごたえを、彼はどんなに愛したろう。 大がかりな、式典風な、われわれの住んでいる世界と大きさを等しくするようなその壮大な拒絶。 このやさしい閨室にみちた冒瀆のしかかる、勅許の重みをかけて揺ってくる拒絶。 これこそ彼の手には熱を与え、彼の心を焼き滅ぼすあらたかな拒絶だった。 愛子の応髪の正しい櫛目のなかには、香気にみちた漆黒の照りがあり、髪の根にまで届いていて、彼がちらとそれをのぞいたとき、月夜の森へ迷い込むような心地がした。 清顕は手巾から洩れている濡れた頬に顔を近づけた。 無言で拒む頬は左右に揺れたが、その揺れ方はあまりに無心で、拒みは彼女の心よりもずっと遠いところから来るのが知れた。 清顕は手巾を押しつけて接吻しようとしたが、かつて雪の朝あのように求めていた唇は、今は一途に拒み、拒んだ末に、首をそむけて、小鳥が眠る姿のように、自分の着物の襟にしっかりと唇を押しつけて動かなくなった。 雨の音がきびしくなった。 清顕は女の体を抱きながら、その堅固を、その夏繻子の鎧取の鎧取のある半襟の、きちんとした襟の合せ目は、肌のわずかな逆山形をのこして、神殿の扉のように正しく閉ざされ、胸高に〆めた冷たく固い丸帯の中央に、金の帯留を釘隠しのように光らせていた。 しかし彼女の八つ口や袖口からは、肉の熱い微風がささまよい出ているのが感じられた。 その微風は清顕の頬にかかった。 彼は片手を聡子の背から外し、彼女の顎をしっかりとつかんだ。 顎は清顕の指のなかに小さな象牙の駒のように納まった。 涙に濡れたまま、美しい鼻翼は対得ていた。 そ男清顕は手巾を押しつけて接吻しようとしたが、かつて雪の朝あのように求めていた唇は、今は一途に拒み、拒んだ末に、首をそむけて、小鳥が眠る姿のように、自分の着物の襟にしっかりと唇を押しつけて動かなくなった。 雨の音がきびしくなった。 清顕は女の体を抱きながら、その堅固を、その夏繻子の鎧取の鎧取のある半襟の、きちんとした襟の合せ目は、肌のわずかな逆山形をのこして、神殿の扉のように正しく閉ざされ、胸高に〆めた冷たく固い丸帯の中央に、金の帯留を釘隠しのように光らせていた。 しかし彼女の八つ口や袖口からは、肉の熱い微風がささまよい出ているのが感じられた。

§58

その微風は清顕の頬にかかった。 彼は片手を聡子の背から外し、彼女の顎をしっかりとつかんだ。 顎は清顕の指のなかに小さな象牙の駒のように納まった。 涙に濡れたまま、美しい鼻翼は対得ていた。 そして清顕は、したたかに唇を重ねることができた。 急に聡子の中で、炉の戸がひらかれたように火勢が増して、ふしぎな焔が立上って、双の手が自由になって、清顕の頬を押えた。 その手は清顕の頬を押し戻そうとし、その唇は押し戻される清顕の唇から離れなかった。 濡れた唇が彼女の拒みの余波で左右に動き、清顕の唇はその絶妙のなめらかさに酔うた。 それによって、堅固な世界は、紅茶に涵された一顆の角砂糖のように融けてしまった。 そこから果てしれぬ甘美と融解がはじまった。 清顕はどうやって女の帯を解くものか知らなかった。 頑なな太鼓が指に逆らった。 そこをやみくもに解こうとすると、聡子の手がうしろへ向ってきて、清顕の手の動きに強く抗しようとしながら微妙に助けた。 二人の指は帯のまわりで煩瑣にからみ合い、やがて帯止めが解かれると、帯は低い鳴音を走らせて急激に前へ弾けた。 そのとき帯は、むしろ自分の力で動きだしたかのようだった。 それは複雑な、収拾しようのない暴動の発端であり、着物のすべてが叛乱を起したのも同然で、清顕が聡子の胸もとを寛げようとあせるあいだ、ほうぼうで幾多の紐がきつくなったりゆるくなったりしていた。 彼はあの小さく護られていた胸もとの白の逆山形が、今、目の前いっぱいの匂いやかな白をひろげるのを見た。 聡子は一言も、言葉に出して、いけないとは言わなかった。 そこで無言の拒絶と、無言の誘導とが、見分けのつかないものになった。 彼女は無限に誘い入れ、無限に拒んでいた。 ただ、この神聖、この不可能と戦っている力が、自分一人の力だけではないと、清顕に感じさせる何かがあった。 それは何だったろう。 清顕は、目をつぶったままの聡子の顔がすこしずつ紅潮してきて、そこに放恣な影の乱れるのをまざまざと見た。 その背を支える清顕の掌に、はなはだ微妙な、羞恥に充ちた圧力が加わってゆき、彼女はそうして、あたかも抗しかねたかのように、仰向きに倒れた。 清顕は聡子の裾をひらき、友禅の長襦袢の裾は、紗綾形と亀甲の雲の上をとびめぐる鳳凰の、五色の尾の乱れを左右へはねのけて、幾重に包まれた聡子の腿を遠く窺わせた。

§59

しかし清顕は、まだ、まだ遠いと感じていた。 まだかきわけて行かねばならぬ幾重の雲があった。 あとからあとから押し寄せるこの煩雑さを、奥深い遠いところで、狡猾に支えている核心があって、それがじっと息を凝らしているのが感じられる。 ようやく、白い曙の一線のように見えそめた聡子の腿に、清顕の体が近づいたときに、聡子の手が、やさしく下りてきてそれを支えた。 この恵みが仇になって、彼は曙の一線にさえ、触れるか触れぬかに終ってしまった。 ――二人は畳に横たわって、雨のはげしい音のよみがえった天井へ目を向けていた。 彼らの胸のときめきはなかなか静まらず、清顕は疲れはおろか、何かが終ったことさえ認めたがらない昂揚の裡にいた。 しかし二人の間に、少しずつ暮れてくる部屋に募る影のような、心残りの漂っていることも明らかになった。 彼は又、源氏襖のむこうに、かすかな、年老いた咳払いをきいたように思って、身を起しかけたが、聡子がそっと彼の眉を引いて止めた。 やがて聡子は、一言もものを言わずに、こうした心残りを乗り超えて行った。 そのとき清顕は、はじめて聡子のいざないのままに動くことのよろこびを知った。 あのあとでは何もかも恕すことができたのである。 清顕の若さは一つの死からたちまちよみがえり、今度は聡子のなだらかな受容の橈に乗った。 彼は女に導かれるときに、こんなにも難路が消えて、なごやかな風光がひろがるのをはじめて覚った。 暑さのあまり、清顕はすでに着ているものを脱ぎ捨てていた。 そこで肉のたしかさは、水と藻の抵抗を押して進む藻刈舟の舟足のように、的確に感じられた。 清顕は、聡子の顔が何の苦痛も泛べず、微光のさすような、あるかなきかの頬笑みを示しているのをさえ語らなかった。 彼の心にはあらゆる疑惑が消えた。 ――事の後で、清顕が乱れたままの姿の聡子を抱き寄せて、頬に頬を寄せていると、彼女の涙が伝わって来るのが感じられた。 倖せのあまり泣いている涙だと信じられたが、同時に、二つの頬を伝わって流れるこの涙ほど、今自分たちのしたことが取り返しのつかぬ罪だという味わいを、しめやかに語っているものはなかった。 しかしこの罪の思いは清顕の心に勇気を湧き立たせた。 聡子が言った最初の言葉は、清顕のシャツをとりあげて、「お風邪を召すといけないわ。 さあ」と促した言葉だった。 彼がそれを乱暴につかもうとすると、聡子は軽く拒んで、シャツを自分の顔に押し当て、深い息をしてから返した。 白いシャツはかすかに女の涙に濡れた。

§60

彼は制服を着、身じまいを終った。 そのとき聡子が手を鳴らすのにおどろかされた。 思わせぶりな永い間を置いて、源氏襖をひらいて、蓼科が顔を出した。 「お召しでございますか」聡子はうなずいて、身のまわりに乱れた帯のほうを目で指し示した。 蓼科は、襖を閉めると、清顕のほうへは目もくれずに、無言で畳をいざって来て、聡子の着衣と帯を締めるのを手つだった。 それから部屋の一隅の姫鏡台を持ってきて、聡子の髪を直した。 この間、清顕は所在なさに死ぬような思いがしていた。 部屋にはすでにあかりが点ぜられ、女二人の儀式のようなその永い時間に、彼はすでに無用の人になっていた。 仕度が出来上った。 聡子は美しくうなだれていた。 「若様、もうお暇をいただかねばなりません」と蓼科が代りに言った。 「これでお約束は果しました。 これ限り、どうかお姫様のことはお忘れ下さいまし。 若様のほうの御約定のお手紙も、お返しいただきとう存じます」清顕はあぐらをかいて、黙って、答えなかった。 「お約束でございます。 例のお手紙をどうか」と蓼科が重ねて言った。 清顕はなお黙って、何事もなかったかのように毛筋一つ乱れずに美しく装って坐っている聡子を見つめている。 聡子がつと目を上げた。 清顕と目が合った。 その刹那、澄んだ激しい光りがよぎって、清顕は聡子の決意を知った。 「手紙は返せない。 又こうして逢いたいからだ」とその刹那に勇気を得て、清顕は言った。 「まあ、若様」蓼科の言葉には怒りが迸った。 「どうなると思召す。 そんなお子達のような気儘を仰せになって。

§61

……怖ろしいことになるのがおわかりではございませんか。 身の破滅は蓼科一人ではございませんよ」聡子がそういう蓼科を制する声は、他界からきこえる声のように澄みやかで、それをきいている清顕まで、戦慄を覚えるほどだった。 「いいのよ、蓼科。 清顕があの手紙を快く返して下さるまで、こうしてお目にかかる他はありません。 お前と私を救う道は他にはありません。 もしお前が、私をも救おうと思っておいでなら」二十八本多はめずらしく清顕が長い話しをしに訪ねて来るというので、母にもてなしの夕食の仕度もたのみ、その晩は試験勉強も休むつもりになった。 この地味な燻んだ家に清顕が来るというだけで、何か花やいだ空気が生じた。 昼の間、日は白金のように終始雲に包まれて燃え、ねっとりした暑さであったが、夜もなお同じむし暑さがつづいた。 二人の青年は、単の絣の袖をまくって話した。 友の来る前から、本多はある予感を抱いていたが、壁際に置かれた革張りの長椅子に並んで掛けて、語り出すとから、清顕は今までの清顕とは、まるでちがった人間になったのが感じられた。 彼の目がこんなにも率直にかがやいているのを本多ははじめて見た。 それはまぎれもない青年の目だったが、本多には、やや、以前の友の、憂いを帯びた伏目がちな目を惜しむ心持も残っていた。 それにしても、友がこれほど重大な秘密を、洗いざらい打ち明けてくれることは本多を幸福にした。 これこそ本多が久しく待ち望みながら、ただの一度も、こちらから強いることのなかったものだ。 思えば清顕は、秘密がただの心の問題に属するあいだは友にさえ秘し隠して、それが本当に重大な、名誉と罪にかかわる秘密になったときに、はじめてさわやかに打明けたわけで、打明けられる側に立てば、これほど無上の信頼を寄せられる喜びはなかった。 心なし清顕は、格段に成長したように本多の目からは見え、彼にはもはや優柔不断な美しい少年の面影は薄れていた。 そこで語っているのは、一人の恋している情熱的な青年で、彼の言葉にも動作にも見られた不本意と不確実は、すっかり拭い去られていたのである。 頬も紅潮し、白い歯をきらめかせ、何か言いさして恥らいながらも、張りのある声で語りつづける清顕は、その眉にいつにもまさる凜々しさが宿って、恋する若者の申し分ない絵姿になった。 ともすると、彼にもっとも似合っていなかったものは、彼の内省だったかもしれない。 それが本多をして、ききおわるが早いか、こんな辻褄の合わぬ言葉を吐かせたのも理だった。 「貴様の話をきいていて、俺は何故だか、とんでもないことを心に浮べていたよ。 それはいつだったか、日露戦役のことをおぼえているかどうかと話し合ったあとで、貴様の家へ行ったときに、日露戦役写真集を見せてもらったことがある。 あの中にあった『得利寺附近の戦死者の弔祭』というふしぎな、まるでよく演出された群集劇の舞台みたいな写真が、いちばん気に入っていると貴様が言ったのをおぼえている。 俺はそのとき、硬派ぎらいの貴様にしては、ふしぎなことを言うと思っていた。 しかし今、貴様の話をきいているうちに、その美しい恋の物語と二重写しに、何だか、あの黄塵に包まれた平野の眺めが浮んで来たんだ。

§62

何故だか俺にはよくわからない」本多は常に似ぬ曖昧な、熱に浮かされたような言葉を並べながら、清顕が禁を犯し法を超えるのを、讃嘆の気持をまじえて眺めている自分におどろいた。 法の側に属する人間になることを、夙うから心に決めた自分であるのに。 そのとき召使が二人の夕食の膳を運んで来た。 友だち同士で心おきなく食事が供せられ、本多は友に酒をすすめながら、「贅沢に馴れた貴様に、家の料理が口に合うかどうか、マザーが心配していたよ」と尋常なことを言った。 清顕はいかにも旨そうに喰べ、本多はそれを喜んだ。 そしてしばらく、そこには二人の若者の、黙々とした食事の健康なたのしみがあった。 ――食後の充ち足りた沈黙をたのしみながら、本多は同年の清顕のこんな恋の告白が、どうして嫉妬や羨望を生まずに、ひたすら心に幸福感を運んでくるのかを考えていた。 その幸福感は雨期の湖が、しらぬ間に水際の庭をひたしているように、心をひたした。 「それで貴様はこれからどうするつもりだ」と本多は訊いた。 「どうするもこうするもないさ。 僕はなかなかはじめないが、一旦はじめたら、途中でやめるような男じゃない」こんな答は今までの清顕からは、夢にも期待できなかった種類の答で、本多の目をみはらせるに足りた。 「それじゃ、聡子さんと結婚する気なのか」「それはだめだ。 もう勅許が下りている」「勅許を犯しても、結婚してしまう気はないのか。 たとえば二人で外国へ逃げて結婚するとか」「……貴様にはわかっていないんだ」と言いさして黙った清顕の眉の間には、今日はじめて見る、むかしのあいまいな憂いがふたたび漂った。 おそらくそれを見たくてはじめた彼の追究だったにもかかわらず、見れば見るで、本多の幸福感にもかすかな不安の影がさした。 清顕が未来にのぞんでいるものは、一体何だろうと考えると、いかにも微妙な選ばれた線で精巧に組み立てられた、その工芸的なほど美しい横顔を眺めながら、本多はある戦慄を感じた。 食後の果物の苺もろとも、清顕は席を移って、いつも整頓の行き届いた本多の勉強机に肱を支え、廻転椅子を軽くそぞろに左右へ廻していたが、ついた肱を支点にして、ややはだけた胸と顔は、不安定に角度を変え、右手の楊枝はひとつひとつ苺を口に放り込んでいるさまが、厳しい家庭の躾からのがれた不作法な寛ろぎを示していた。 はだけた白い胸に、苺の砂糖がこぼれ落ちたのを、彼はあわてもせずに叩いたが、「おい、蟻がつくぜ」と本多が言うと、苺を含んだ口で笑った。 多少の酔が、清顕のいつもは白すぎる薄い瞼を紅いにしていた。 そして、廻転椅子がふとして廻りすぎたときには、そのかすかに紅らんだ白い下膊を置きざりにして、彼の体は微妙に捩れた。 それはあたかも、この若者が、自分では意識していない何かあいまいな苦痛に、ふいに襲われたかのようだった。 たしかに清顕のなだらかな眉の下の、かがやく目は夢想に充ちていたが、その目のかがやきは決して未来へ向けられたものではないことが、本多にはありありと感じられた。 本多はいつになく、酷い焦躁を相手へ向けたくなって、ますます先程の幸福感を、われとわが手で壊すふりをせずにはいられなかった。 「それで、貴様はどうするつもりなんだ。 その帰結を考えてみたことがあるのか」清顕は目をあげて友を注視した。

§63

こんなにかがやいていながらこんなに暗い目を、本多は今までに見たことがなかった。 「どうしてそんなことを考える必要があるんだ」「しかし、貴様や聡子さんを取り囲んでいるものは、みんな帰結を求めてじわじわと進んでゆくんだ。 貴様たち二人だけが、蜻蛉の恋のように、空中に浮んで静止しているわけには行かないだろう」「それはわかっている」とだけ言って、清顕は口をつぐんだが、目はさあらぬ方へ向けられて、部屋の隅々の、たとえば本棚の下や紙屑籠のわきにわだかまる小さな影、こんなに簡素な学生風の書斎の裡にも、夜と共に、いくつかの情念のようにしらぬ間に浸透してきてひっそりとうずくまっているささやかな影を見ていた。 その清顕の黒い眉のなだらかな流線は、あたかもそれらの影を弓なりに引き絞り、流麗な形に整えたかのようだった。 情念から生れながら、情念を引き締めている眉。 暗くなりがちな不安な目を衝りながら、目の向くところへ眉も忠実に従って、姿勢の正しいすっきりした従者のように、ひたすらに扈従しているのが感じられるのだった。 本多はさっきから頭の一隅にはびこっていた考えを、一思いに言ってしまう気になった。 「さっき俺がへんなことを言い出したろう。 貴様と聡子さんのことをきいていて、日露戦役の写真を思い出したという話。 あれは何故だろうと考えていたが、強いてこじつければ、こうなんだ。 明治と共に、あの花々しい戦争の時代は終ってしまった。 戦争の昔話は、監武課の生き残りの功名話や、田舎の炉端の自慢話に堕してしまった。 もう若い者が戦場へ行って戦死することはたんとはあるまい。 しかし行為の戦争がおわってから、その代りに、今、感情の戦争の時代がはじまったんだ。 この見えない戦争は、鈍感な奴にはまるで感じられないし、そんなものがあるとさえ信じられないだろうと思う。 だが、たしかに、この戦争ははじまっており、この戦争のために特に選ばれた若者たちが、戦いはじめているにちがいない。 貴様はたしかにその一人だ。 行為の戦場と同じように、やはり若い者が、その感情の戦場で戦死してゆくのだと思う。 それがおそらく、貴様をその代表とする、われわれの時代の運命なんだ。 ……それで貴様は、その新らしい戦争で戦死する覚悟を固めたわけだ。 そうだろう? 」清顕はちらと微笑をうかべただけで答えなかった。 たちまち窓から、雨の光の湿った重たい風が迷い入り、彼らのほのかに汗ばんだ額に、涼しさの一ト刷毛を与えてすぎた。 本多は清顕がそうして答えなかったのは、答えるまでもなく自明なことであったからか、それとも、こう言われたことがたしかに心に叶いながら、それがあんまり晴れがましく語られたので、まともに答えることができなかったか、どちらかだと思われた。 二十九三日のちに、本多はたまたま学校が休講のおかげで午前中で退けたので、家の書生と一緒に、地方裁判所の傍聴に出かけた。

§64

この日は朝から雨である。 父の大審院判事は、家庭でもはなはだ峻厳な人だったが、息子が十九歳になり、大学へ入る前から法律の勉強に精を出しているのを頼もしく思って、自分の後継に未来を託する気持が固まった。 これまで裁判官は終身官であったのが、この四月に裁判所構成法の大改正が行われ、二百人以上の判事が、休職退職を命ぜられることになったので、本多大審院判事は、不幸な旧友たちに殉ずる気持から、退職を願い出たけれど、ゆるされなかった。 しかし、これが一つの気持の転機になって、父の息子に対する態度には、未来の後継者に対する上段の愛情に似た、大まかで寛大なものが加わって来た。 それはついぞ今まで、本多が父の上に見ることのなかった新らしい感情であり、彼はこれに応えるために、いよいよ勉強に精を出した。 まだ成人に達しない息子に、父が裁判の傍聴をゆるすようになったのも、この新らしい変化の一端だった。 もちろん自分の裁判は傍聴させなかったが、家にいる法律書生と共に、民事刑事を問わず、裁判所に出入りすることをゆるしたのである。 書物を通してだけ法律学に親しんでいる繁邦を、日本の裁判の実態に触れさせ、法律の実務上の側面を学ばせることが、あくまでその表向きの理由であるが、父は目をおおうような人間の実相を暴露する刑事事件の事実審理を、十九歳の息子のまだ柔らかい感受性にぶっつけて、そこから息子が確実に得てくるものを試したいと思ったのにちがいない。 それは危険な教育であった。 しかし、若者が遊惰な風俗や歌舞音曲を通じて、ただ若い柔らかい感性に訴える口当りのよいものだけをとり入れて、それに同化してしまう危険に比べれば、ここには少なくとも、一方にきびしく見張っている法秩序の目を、如実に感じさせる教育的な効果がある筈であり、不定形な、熱い不浄の粘液的な人間の情念が、みるみるうちに、目の前で、冷たい法律構成によって料理されてゆく、その調理場に立ち会わせるという、技術教育上の利得がある筈だった。 刑事第八部の小法廷へいそぐあいだ、裁判所の暗い廊下をわずかに明るませているものが、荒れた中庭の緑にそそぐ雨だと知って、本多は犯人の心をそのままに鋳込んだようなこの建物が、理性を代表するにしてはあんまり陰鬱な情緒に充たされすぎているのを感じた。 こうした気の滅入りは、傍聴席の椅子に坐ってからもなおつづいていて、気の早い書生がはやばやとここへ彼を連れて来ながら、自分は先生の息子の存在も忘れたように、携えてきた判例集に目を落したままでいるのを、本多はちらとうとましく眺め、裁判官席、検事席、証人台、弁護士席などの空白の椅子が、雨気に湿っているさまを、今度は自分の心の空しさの絵姿のように眺めだした。 この若さで、彼はただ眺めていた! まるで眺めることが、生れながらの使命のように。 本来、繁邦はもっと自分を有為な青年と確信している明快な性格の筈だったのに、清顕のあの告白をきいてから、ふしぎな変化が起った。 変化というよりは、それはこの親友同士の間に起った不可解な顚倒だった。 久しいあいだ、彼らはお互いの性格を大事に護って、何一つ与え合おうとしなかったのに、三日前、ふいに清顕は、自分は治って人に病気を伝染し了せた人のように、友の心に内省の病菌を残して去った。 そしてその病菌が、たちまち繁殖してしまった今では、内省はむしろ清顕よりも、本多にふさわしかった資質だと思われるのであった。 その症状はまず、得体のしれない不安となって現われた。 『清顕は一体これからどうするのだろうか? 自分は友として、ただ茫然と、成行を眺めているだけでよいのだろうか? 』午後一時半の開廷を待つあいだ、彼の心はすでにこれから見るべき裁判から離れて、ひたすらこの不安の行方を追っていた。 『自分は友に忠告を与えて、思い止らすほうがいいのではあるまいか。 今までは友の死苦をすら見すごして、彼の優雅を見守っていることだけが、自分の友情だと信じてきたのだが、ああしてすべてを打明けられた今となっては、月並なお節介な友情の権利を行使して、彼をすぐ目の前に迫っている危険から、救い出そうとつとめるのが本当じゃないだろうか。 その結果、自分がいかに清顕に怨まれ、絶交を宣告されても悔いるところはない。

§65

十年後、二十年後には、清顕も理解してくれるであろうし、たとえ一生わかってくれなくてもよいではないか。 たしかに清顕は悲劇へ向ってまっしぐらに進んでいる。 それは美しいが、窓をよぎる一瞬の鳥影の美しさのために、人生を犠牲に供するのを放置っておけようか。 そうだ。 自分はもうこれからは、目をつぶって凡庸な愚物の友情に身を傾け、どんなにうるさがられても彼の危険な熱情に水をかけ、彼が自分の運命を完成しようとするのを、力をつくして妨げてやらなくてはならない』――そう考えると、本多の頭はひどく熱してきて、自分とは何の関わりのない裁判を、ここでじっと待っていることに耐えられなくなった。 すぐにでも駆け出して、清顕のところへ行って、言葉を尽して翻意を促したいと切に思った。 すると、そうできないことの焦躁が今度は新たな不安になって心を焼いた。 気がつくと傍聴席はすでに満員で、書生があんなに早く来て席を占めた理由もわかった。 法律学生らしいのもいれば、中年のぱっとしない男女もあり、腕章を巻いた新聞記者たちが忙しなく立ちつ居つしていた。 卑しい好奇心からここへ来ているのに謹厳を装っているこれらの人間、髭を立て、由ありげに扇子を使い、長く伸ばした小指の爪先で耳を掻いて、硫黄のような耳垢を引きずり出して時間をつぶしているこんな連中を見ると、本多は今更ながら、『われわれは決して罪を犯す心配はない』と思い込んでいる人間の醜悪さに目をひらかれた。 せめてそんな連中に、一トかけらでも似まいと努めることだ。 そして傍聴席の人々は、いずれも雨に閉ざされた窓から白い灰のように降る光りに平板に照らされ、廷丁の帽子の黒い庇の光沢だけが際立っていた。 人々がざわめいたのは被告の到着のためであった。 青い獄衣の被告は、廷丁に附添われて被告席に着いたが、争ってその顔を見ようとする傍聴人たちに妨げられて、本多はわずかに、小肥りした白い頬と、そこにくっきりと刻まれている笑窪とを垣間見たにすぎなかった。 以後、被告は女囚らしく兵庫に結った髪のうしろや、すくめがちにしていながら固い緊張の感じられない肩の、丸い肉づきを窺わせるだけになった。 弁護人も出廷しており、裁判官と検事の出席を待つばかりになった。 「あれですよ。 坊ちゃん、あれが人を殺した女とも思えませんね。 人は見かけによらぬものと云うが、全くですなあ」と書生が繁邦の耳もとで囁いた。 ――裁判は型どおり、裁判長の被告に対する氏名・住所・年齢・族籍の訊問にはじまった。 場内はしんとして、いそがしく働く書記の筆の音さえきこえるように思われた。 被告は立って、「東京市日本橋区浜町二丁目五番地、平民、増田とみ」と澱みなく答えたが、声はひどく低くてききとりにくく、傍聴人たちは、その後の大切な訊問がきこえないのを心配して、一様に身を乗り出し、耳に手を当てた。 被告はそこまですらすらと答えながら、年齢のところで、故意かどうかかわからないが、少しためらい、弁護士に促されて、目がさめたように、「三十一歳になります」とやや高い声で答えた。 そのとき弁護士をかえりみた頬に散る後れ毛と、涼しく張った目の端がちらりと見えた。 そこにある一人の小柄な女の肉体は、傍聴人の目のなかで、思いもかけぬ複雑な悪の紡ぎ出される、一匹の半透明な蚕のように見られていた。

§66

彼女のほんのかすかな身じろぎでさえ、獄衣の腋の下を湿らす汗の露や、不安な動悸に乳首のまたたいているその乳房や、何事にも鈍感な少し冷たい豊かな臀のたたずまいを想像させるのであった。 彼女の肉体はそこから無数の悪の糸を放って、ついには悪の繭に閉じこもろうとしていたのだ。 肉体と罪との間にある、これほどにみごとな精緻な照応。 ……それこそ世間の人々が求めているものであり、ひとたびこの熱烈な夢にさらされれば、ふだん人々が愛した欲望をそそられたりしているものすべてが、悪の原因となり結果となって、痩せぎすの女はその痩せぎすの姿が、小肥りの女はその小肥りの姿が、悪そのものの形になった。 彼女の乳房のおもてににじんでいると想像される汗までが。 ……そうして傍聴人たちは、その無害な想像力の媒体となっている彼女の肉体の悪を、ひとつひとつ納得するよろこびに搦るのだった。 本多は自分の空想が、若い彼にも何となく感じられるそういう傍聴人たちの想像に、まぎれ入るのを潔癖に拒んで、ひたすら裁判官の訊問にこたえる被告の陳述が、事件の核心へ向って進むのを辿って行った。 女の説明は冗々しく、話はともすると前後したが、すぐわかることはこの殺人事件が、一連の情熱のオートマティックな動きに乗ぜられて、しゃにむに悲劇の結末へ到達したことであった。 「其方が土方松吉と同棲をはじめたのはいつからか」「あの、……昨年の、忘れもいたしません、六月の五日でございます」この『忘れもいたしません』で傍聴席に失笑が起り、廷丁に静粛を命じられた。 増田とみは料理屋の仲居であったが、板前土方松吉とねんごろになり、ちかごろ妻を失った男やもめの土方の身の回りの世話を焼くようになり、昨年から世帯を持ったが、もとより土方は籍を入れようともせず、同棲してのち女道楽がますます募り、昨年末から同じ浜町の料理屋岸もとの女中に入れあげるようになった。 女中ひでは廿歳であるが、手れん手くだに長じ、松吉はたびたび家を明けたが、この春になってとみはひでを呼び出して、男を返してくれと懇願した。 ひでは鼻であしらったので、とみは思い余ってひでを殺したのである。 これは市井のありきたりの三角関係の確執で、何一つ独特なものは見られなかったが、事実の審理が細目に亘ると、とても想像では補うことのできない、多くの小さな真実があらわれてきた。 女は八歳になる父なし児を抱えていたが、それまで田舎の親戚へ預けておいたのを、東京で義務教育を受けさせるために呼び寄せて、それをしおに松吉とも世帯を持つ気持を固めたのに、一児の母でありながら、とみは否応なしに殺人へ向って引きずられてゆく。 いよいよ殺人のその夜の陳述がはじまった。 「いいえ、あのとき、ひでさんが居てくれなければよかったんです。 そうすれば、あんなことにならないですんだのかもしれません。 私が岸もとへ誘い出しに行ったとき、風邪でも引いて寝ていてくれればよかったんです。 兇器に使った刺身庖丁のことでございますが、松吉は職人気質のある男で、本当に使いい庖丁をいくつか自分用に持っていて、『これは俺にとっては武士の刀だ』なぞと申しまして、女子供には手を触れさせず、自分で研いで大切にしておりました。 それが、ひでさんとの事で私が悋気をはじめましてから、危ないと思ったのでございましょう。 どこかへ蔵い込んでしまいました。 私はそんな風に思われるのが癪で、時には『庖丁でなくても、刃物はいくらもありますよ』と冗談に嚇したこともございますが、久しく松吉が家をあけましてから、ある日戸棚の掃除をしておりますと、思わぬところから庖丁の包みが出てまいりました。 愕いたことに、庖丁はあらかた錆びているのでございます。 この錆を見ただけで、松吉のひでさんへの執心が知れまして、私は庖丁を手にしたまま体が慄えてまいりました。 そこへ子供が学校からかえってまいりましたので、気分もようよう落着き、松吉の一等大切にしております刺身庖丁を研ぎ屋へもってゆけば、あるいは松吉も喜ぶかしらん、と女房気取の気持にもなったのでございます。

§67

これを風呂敷に包んで家を出ようとしますと、子供が『母ちゃん、どこへ行くの』と申しますので、一寸そこまでお使いに行くから、いい子で留守番をしておいでと申しますと、『もう帰って来なくていいや。 俺は田舎の小学校へ帰るから』と申します。 ふしぎなことを言うものだと思って、問い詰めてみましたら、近所の子が、お前のおふくろは親爺にしつこくして捨てられた、と嘲笑っているそうで、定めし親御さんの口から出た噂を子供が取次いだものでございましょう。 子供は、人の笑い物になっている母親などよりは、田舎の養い親が恋しくなって来ているらしい。 私は思わずカッとして、子供を打擲いたしまして、その泣声をあとに家を飛び出しましたが……」そのとき、とみの念頭にはひでのことはなく、ただ庖丁を研いでせいせいしたいという一念で飛び出した、ととみは陳述している。 研ぎ屋は先約の仕事があって忙しく、とみは居催促で一時間ほどしてやっと庖丁を研いでもらったが、そこを出ると、家へかえる気がしなくなって、ふらふらと岸もとのほうへ歩きだした。 岸もとでは、ひでが勝手に暇をとって遊びまわるので、その午すぎたまたま帰ってきたひでに、女将が叱言を言ったあとであったが、松吉に因果を含められていたひでが、泣いて詫びを入れたので、事は一応落着したところであった。 そこへとみが訪れて、一一寸外で話したいことがあるから、と言うと、出てきたひでは意外にも気軽に応じた。 すでに小ざっぱりした座敷着に着かえているひでは、下駄を花魁の八文字のように、憮そうにころがして歩きながら、「今、おかみさんに約束してきたんですよ。 向後、男は絶ちます、ってね」と蓮葉に言った。 とみの胸には思わず喜びが溢れたが、ひでは陽気に笑いながら、それを忽ちひっくり返すような次の言葉を言った。 「でも私は三日辛抱できるかしらんねえ」とみは懸命に自分を抑えて、浜町河岸の寿司屋へひでを誘い、一杯奢りながら、姉さん気取で話をつけようと骨折ったが、ひでは冷笑をうかべて沈黙を守り、多少の酔いから芝居めかしてとみが頭を下げて頼み入ると、露骨にそっぽを向いた。 一時間たち、戸外は暗くなった。 ひでは、この上おかみさんに叱られてはかなわないからもう帰る、と言って立上った。 それからどうして二人が浜町河岸の空地の夕闇の中へ紛れ入ったのか、とみの記憶も定かではない。 帰ろうとするひでを、とみが無理に引止めているうちに、足が自然にそちらへ向いたのかとも思われる。 ともあれ、とみははじめから殺意を以てそこへ誘導したのではない。 二言三言なお言い争った末、ひでは川端だけに残っている夕明りに、白い歯並の見えるほどに笑って、こう言った。 「いつまで言ったって無駄ですよ。 そんなにしつこいから松さんにも嫌われたんでしょ」この一言が決定的であった、ととみは陳述しているが、そのときの気持はこんな風に述べられている。 「……それをきいたとき、私は頭に血がのぼって、さあ、何と申しましょうか、丁度暗闇のなかで、赤児が何やらが欲しい、何やらが悲しくてたまらぬと思いましても、愬える言葉もなく、ただ火のついたように泣き出しまして、むしょうに手足をばたばたさせるような気持で、そのわれにもあらずばたばたしている手が、いつのまにか風呂敷包を解いて庖丁を握り、庖丁を握ってばたばたしている手に、闇のなかで、ひでさんの体がぶつかってしまった、と、こう申す他はありませんような次第でございました」この言葉で、本多を含めて傍聴人一同は、闇に悲しげに手足をばたばたさせている赤児の幻を鮮明に見た。 増田とみはそこまで語ると、両手で顔をおおうて嗚咽を洩らし、うしろからも獄衣の肩の慄えが、そののどかな肉づきだけに却って憐れに眺められた。 傍聴席の空気は、はじめのあからさまな好奇心から、今は次第に別のものに変っていた。 ふりつづく雨の白々とした窓は、場内に沈痛な光りを漲らせ、その中心にいる増田とみだけが、生きて呼吸し、悲しみ、呻きをあげている人間の、あらゆる感情を代表しているかのようだった。 彼女にだけ、いわば感情の権利がそなわっていた。

§68

さっきまで、人々が小肥りした汗ばんだ三十女の肉体を見ていたところに、今や人々は、息を詰め、瞳を凝らして、一つの情念が人間の肌をつき破り、活作りの海老のようにうごめいているさまを見ていたのである。 彼女は隈なく見られていた。 人目に触れずに犯した罪が、今こうして、人々の目の只中に、彼女の体を借りて姿を現わし、善意や徳よりもずっとずっと明晰な罪の特質を開顕していた。 見せようと思うものだけを見せる舞台の女優と比べても、増田とみは比較にならぬほど見られ尽していた。 それはいわば、この世界全部を、見る人たちの世界として、向うにまわすのと同様だった。 彼女のかたわらの弁護人は、彼女を助けるにはあまり貧弱に見えた。 小柄なとみは、女が身を飾る櫛笄や、あらゆる宝石や、人目を惹く贅沢な着物もなしに、ただ犯人であるだけで十分に女たりえていた。 「こりゃ日本に陪審制が布かれていたら、うっかりすると無罪になりそうなケースですね。 口の巧い女にはかなわんですな」と又書生が繁邦に囁いた。 繁邦は思っていた。 人間の情熱は、一旦その法則に従って動きだしたら、誰もそれを止めることはできない、と。 それは人間の理性と良心を自明の前提としている近代法では、決して受け入れられぬ理論だった。 一方、繁邦はこうも思っていた。 はじめ自分に無縁なものと考えて傍聴しはじめた裁判が、今はたしかに無縁なものではなくなくなった代りに、増田とみが目の前で吹き上げた赤い熔岩のような情念とは、ついに触れ合わない自分を、発見するよすがにもなった、と。 雨のまま明るくなった空は、雲が一部分だけ切れて、なおふりつづく雨を、つかのまの狐雨に変えていた。 窓硝子の雨滴を一せいにかがやかす光りが、幻のようにさした。 本多は自分の理性がいつもそのような光りであることを望んだが、熱い闇にいつも惹かれがちな心性をも、捨てることはできなかった。 しかしその熱い闇はただ魅惑だった。 他の何ものでもない、魅惑だった。 清顕も魅惑だった。 そしてこの生を奥底のほうからゆるがす魅惑は、実は必ず、生ではなく、運命につながっていた。 本多は清顕への忠告を、今しばらく差控えて眺めていようと思った。 三十夏休みが近づこうとしている学習院で、一つの事件が起った。